商取引において圧縮記帳という手法を適用すると、譲渡益や補助金などに対する課税を翌年度以降へ繰り越せます。この圧縮記帳を活用できるケースの1つが、特定資産の買換えです。
当記事では、圧縮記帳の概要や、特定資産の買換えの特例の要件について解説します。
この制度は法人税に対するものですが、個人事業主の所得税にも同様の仕組みが存在します。
圧縮記帳とは?メリット・デメリットなどを解説
特定資産の買換え時には、圧縮記帳と呼ばれる課税の繰り延べ制度を適用できます。圧縮記帳とは、不動産の交換・補助金の受け取りなどで一定の要件を満たしたとき、当該取引で発生する利益に対する課税を、翌年度以降へ繰り越せる制度です。
例えば、国から受け取った補助金で機械設備を購入した場合、補助金は収入として課税対象になります。このままだと補助金を受けた年の税負担が重くなってしまうので、補助金本来の目的が果たせません。
しかし圧縮記帳を行うと、対象の事業年度内に取得した固定資産の帳簿価額(会計帳簿に記録されている資産・負債の価値)を、補助金分だけ引き下げられるのです。圧縮記帳は補助金以外にも、特定資産買換え時の譲渡益や、保険金などにも適用することが可能です。
圧縮記帳によって、取得した固定資産の帳簿価額を下げることが可能です。取得初年度の固定資産に関する利益が小さくなるので、「初年度に多大な税金を支払う」から、「減価償却期間に応じて均一化される」という会計処理になります。納税額の総額は変わりませんが、「1年目から高額な税金を取られて、投資や改善ができない」という事態を防げます。
圧縮記帳のメリット
圧縮記帳のメリットは、特定資産の買換えや補助金交付などがあった年の税金負担を減らせることです。繰り延べなので効果は一時的ですが、税金負担を固定資産の耐用年数に応じて均等に散らせます。具体的なメリットは次のとおりです。
- 交換や補助金受取を行った1年目から、投資や事業改善などへ積極的に活用できる
- 固定資産の耐用年数に応じて納税猶予ができるので、キャッシュに余裕が持たせられる
圧縮記帳のデメリット
圧縮記帳のデメリットは、節税効果があくまで一時的なものである点です。あくまで課税の繰り延べ制度であるため、「税金が安くなった!」と勘違いしたまま経営を進めると、資金繰りが厳しくなりかねません。
圧縮記帳によって減額された固定資産を利用途中で売却すると、圧縮分だけ売却益が大きくなるので、課税所得が多くなる可能性もあります。
圧縮記帳の適用を税務署へ伝えるために、法人税の確定申告にて別表を準備しなければならない点も忘れてはなりません。
圧縮記帳の方法
圧縮記帳には、「積立金処分方式」と「直接減額方式」の2つの方法が存在します。
積立金処分方式
積立金処分方式とは、圧縮する金額を剰余金の処分によって圧縮積立金として計上し、以後は減価償却期間に渡って圧縮積立金を取り崩す形で、少しずつ益金として計上する方法です。
固定資産本来の取得価額にて減価償却を行い、益金と減価償却費を相殺していく形になります。企業会計基準における原則的な方法ですが、会計処理が複雑になるのがデメリットです。積立金処分方式の仕訳例は次のとおりです。
<補助金交付>
借方 | 貸方 |
預金:1,000万 | 国庫補助金受贈益:1,000万 |
<機械装置購入>
借方 | 貸方 |
機械装置:2,000万 | 預金:2,000万 |
<圧縮積立金>
借方 | 貸方 |
繰越利益剰余金:1,000万 | 圧縮積立金:1,000万 |
<減価償却(2,000万円÷耐用年数5年=400万円)>
借方 | 貸方 |
減価償却費:400万 | 機械装置:1,000万 |
<積立金取り崩し>
借方 | 貸方 |
圧縮積立金:200万 | 圧縮記帳 積立金取崩益:200万 |
直接減額方式
直接減額方式とは、固定資産の帳簿価額を直接減額する方法です。例えば補助金300万円、機械装置の取得価額が1,200万円だった場合、300万円を圧縮損として1,200万円から差し引き、機械装置の取得価額を900万円とします。
減価償却費は、900万円÷機械装置の耐用年数5年=180万円/年で計上します。わかりやすい方法ですが、取得価額を低く計上するため、本来の取得金額がわかりにくいというデメリットがあります。直接減額方式の仕訳例は次のとおりです。
<補助金交付>
借方 | 貸方 |
預金:1,000万 | 国庫補助金受贈益:1,000万 |
<機械装置購入>
借方 | 貸方 |
機械装置:2,000万 | 預金:2,000万 |
<圧縮損の計上(機械装置が1,000万円になる)>
借方 | 貸方 |
機械装置圧縮損:1,000万 | 機械装置:1,000万 |
<減価償却(1,000万円÷耐用年数5年=減価償却費200万円)>
借方 | 貸方 |
減価償却費:200万 | 機械装置:200万 |
圧縮記帳を適用できる5つのケース
圧縮記帳を適用できるのは、主に次の5つのケースです。
- 特定資産の買換えを行ったケース
- 土地や建物を交換したケース
- 国庫補助金などを交付されたケース
- 保険差益が発生したケース
- 工事負担金で資産を取得したケース
特定資産の買換えを行ったケース
国の土地政策に合致するなどの条件を満たした特定資産を取得した場合、圧縮記帳が適用できます。
取引内容や対象資産などの要件については、後述にて詳細を解説します。
土地や建物を交換したケース
税法上、例えば固定資産Aを譲渡し対価として固定資産Bを受け取る交換が行われたとき、時価での譲渡と取得が発生した扱いになります。
譲渡する固定資産Aの簿価価格よりも時価が高いと、差益分の利益が発生したことになり、譲渡益の計上が必要です。ここで一定の条件を満たした場合に、圧縮記帳が認められます。
国庫補助金などを交付されたケース
国や地方公共団体などから国庫補助金などを交付されたとき、原則的には収入扱いとして金額分が課税対象になります。例えば、ものづくり補助金やIT導入補助金などです。
こうした補助金のうち、圧縮記帳の対象となるものがあります。原則として、補助金額までが圧縮限度額です。
保険差益が発生したケース
所有していた固定資産が滅失・損壊した場合、もし受け取る保険金の金額が損壊した固定資産よりも多い場合、保険差益が発生します。
そこで受け取った保険金を使い、滅失・損壊した固定資産に代わる同一種類の固定資産(代替資産)や、固定資産・代替資産の改良などを行った場合には、圧縮記帳の対象になります。
参考:No.5608 保険金等で取得した固定資産等の圧縮記帳
工事負担金で資産を取得したケース
工事負担金とは、電気やガス、水道、鉄道などの事業に必要な部材・工事などに対して負担する金銭のことです。工事負担金で固定資産を取得した場合は、圧縮記帳の対象になる場合があります。
特定資産を買換えた場合の圧縮記帳とは?
特定資産を買換えた場合の圧縮記帳とは、次の条件すべてに当てはまる買換えが発生したときに、買換資産の取得原価の課税を繰り延べられる特例です。
- 要件に該当する特定の譲渡資産を譲渡する
- 譲渡日を含んだ事業年度に特定の買換資産を取得する
- 取得日から1年以内に買換資産を事業の用に供する、または見込みとする
- 買換資産について、圧縮限度額の範囲内で帳簿価額を損金経理によって減額するなどの一定の方法で経理する
- 減額した金額を損金の額に算入する
圧縮記帳の対象となる買換え
圧縮記帳の対象となる買換えは、次のいずれかに当てはまるものです。
- 既成市街地等の区域内から区域外への買換え(所有期間10年以上、買換資産の土地等の面積が、譲渡資産の土地等の面積の5倍以下までなどの条件あり)
- 航空機騒音障害区域の内から外への買換え
- 既成市街地等およびこれに類する一定の区域(人口集中地区)内における、土地の計画的かつ、効率的な利用に資する施策の実施に伴う土地等の買換え
- 長期所有資産(所有期間10年超の国内にある土地等・建物およびその附属設備)の買換え
- 構築物から国内にある一定の土地等・建物・構築物
- 国内にある鉄道事業用に供される車両運搬具(2020年4月1日前に締結した契約に基づいて、同日から2022年9月30日までの間に取得するものに限る)
- 日本船舶から日本船舶への買換え
特定資産買換えの圧縮記帳の圧縮限度額
特定資産を買換えた場合の圧縮記帳における、圧縮限度額の計算式は次のとおりです。
圧縮基礎取得価額×差益割合×80/100=圧縮限度額
圧縮基礎取得価額は、買換資産の取得価額と譲渡資産の対価のうち、いずれか少ない金額になります。
差益割合は、「譲渡対価の額-(譲渡資産の帳簿価額+譲渡費用の額)/譲渡対価の額」で計算した値です。
ただし、「2.航空機騒音障害区域の内から外への買換え」と「4.長期所有資産の買換え」のうち一定の場合は、80/100ではなく70/100または75/100となります。
計算の具体例を見ていきましょう。
- 譲渡対価:6億円
- 買換資産の取得対価:4億円
- 譲渡資産の帳簿価額:1億円
- 譲渡に要した費用:5,000万円
上記の場合、少ないほうの買換資産の取得対価4億円が、圧縮基礎取得価額になります。差益割合は、「{6億円-(1億円+5,000万円)÷6億円}=75%」です。
これらを当てはめた圧縮限度額は、4億円×0.75×80/100=2億4,000万円となります。
特定資産買換えの圧縮記帳の対象資産
特定資産買換えによる圧縮記帳は、譲渡する資産と買換えた資産の双方に要件が定められています。ここからは特定資産を買換えた場合の圧縮記帳を受けるための、譲渡資産・買換資産の要件を見ていきましょう。
譲渡資産
圧縮記帳の対象となる譲渡資産は、次のすべての要件に該当するものです。
- 1970年4月1日~2023年3月31日の間に譲渡した資産
- 一定の買換えに応じて定められている譲渡資産として、特定の地域にあることや一定の取得時期に取得したなどの要件を満たす土地・建物および附属設備・構築物・船舶
- 棚卸資産でない
- 短期所有(1998年1月1日~2023年3月31日までの間に譲渡したものは適用停止)にかかる、土地重課制度の規定の適用がある土地等でない
- 土地収用法等による収用・買い取り・換地処分・権利変換等により譲渡する資産ではない
- 贈与・交換・出資・現物分配・代物弁済等により譲渡する資産ではない
- 合併・分割により移転する資産でない
買換資産
圧縮記帳の対象となる買換資産は、次のすべての要件に該当するものです。
- 譲渡資産に応じて定められている土地等・建物および附属設備・構築物・船舶・車両運搬具(2020年4月1日前に締結した契約に基づいて、同日から2022年9月30日までの間に取得するものに限る)、または機械および装置
- 譲渡資産を譲渡した日を含む譲渡年度に取得した資産
- 取得日から1年以内に事業用に供した、または供する見込みのある資産
- 長期所有資産(所有期間10年超の国内にある土地等・建物およびその附属設備など)の敷地用・止むを得ない事情がある駐車場用に供されるもので、その面積が300㎡以上であるもの
- 買換えによって取得した土地等は、譲渡資産の土地等の面積の5倍以内の面積であるもの
- 原則として合併、分割、贈与、交換、出資、現物分配、代物弁済、所有権移転外リース取引により取得する資産ではない
圧縮記帳に関する記帳・手続きの相談は税理士へ
圧縮記帳は特殊な会計処理が必要だったり、要件に当てはまるか確認したりなど、通常とは異なる会計・税務対応が必要になります。特定資産の買換えの特例による圧縮記帳も、当該取引や譲渡・買換資産が該当するか、しっかりと確認しなければなりません。
圧縮記帳の適用を受けるには、特定資産の買換えによって取得した資産の圧縮額等の損金算入に関する明細書などの一定の書類添付も必要です。煩雑な記帳や確定申告作業に加えて、追加の手続きを行わなければなりません。
もし圧縮記帳に関する記帳や手続きに関して相談がある場合は、税務の専門家である税理士への依頼がおすすめです。複雑な圧縮記帳の処理や、取引に特例が適用できるかの確認などを、専門家の目線でアドバイス・代行してくれます。
経営に強い税理士であれば、繰り延べした資金分の活用方法やその他補助金に関する相談にも対応してくれることでしょう。
特定資産の買換えの特例による圧縮記帳を活用しよう
特定資産の買換えであれば、特例によって圧縮記帳が認められます。あくまで税金の繰り延べであるものの、減価償却期間に応じて税負担が均等化されるので、買換えを行ったときも経営中のキャッシュに余裕を持たせやすくなります。
適用にはさまざまな条件や特殊な記帳が必要になるので、誤った仕訳・申告をしないようにしましょう。圧縮記帳に関してアドバイスがほしい場合は、税理士へ一度相談してみてはいかがでしょうか。