事業をおこなっていくうえでは様々な費用が発生し、その取引内容によって、
- 消費税の課税取引となるもの(課税取引)
- 消費税の課税取引とはならないもの(非課税取引・不課税取引・免税取引)
この2つに区分されます。
費用のなかでも人件費については、
- 給料
- 賞与
- 諸手当
- 役員報酬
- 交通費(通勤手当)
- 社会保険料などの法定福利費
- その他(従業員への福利厚生費など)
など、さまざまな費用があげられますが、「従業員に支払う人件費については、消費税の課税取引にはならない」と一括りに考える人は多いのではないでしょうか。
そこで、今回は人件費に関する消費税の取り扱いについて解説していきます。人件費の取り扱いのほかにも「人件費と業務委託のちがい」についても紹介していますので、人件費や業務委託といった費用の消費税について、疑問のある人はぜひ参考にしてください。
人件費に消費税はかかる?
人件費のなかでも、
- 給料
- 賞与
- 退職金
- 社会保険料などの法定福利費
などについては、消費税の課税取引ではないため、消費税はかかりません。
消費税の課税取引とは、次の要件を満たしている取引のことをいいます。
- 国内においておこなう取引である
- 事業者※1が事業としておこなうものである
- 対価を得ておこなうものである
- 資産の譲渡、資産の貸し付け、役務の提供をおこなっている
※1 事業者とは、「個人事業者」と「法人」のことをいいます。
従業員への人件費は、上記の要件を満たしているように見えますが従業員は事業者ではないため、下記の要件を満たしていないため、消費税の課税対象とはなりません。
- 事業者が事業としておこなうものである
しかし、人件費のなかでも一部の諸手当については、消費税の課税取引となる場合があります。
たとえば、下記については、消費税の課税対象となります。
- 通勤手当
- 出張手当
これらの取り扱については、国税庁には下記のとおり記載があります。
(通勤手当)
11-2-2 事業者が使用人等で通勤者である者に支給する通勤手当(定期券等の支給など現物による支給を含む。)のうち、当該通勤者がその通勤に必要な交通機関の利用又は交通用具の使用のために支出する費用に充てるものとした場合に、その通勤に通常必要であると認められる部分の金額は、課税仕入れに係る支払対価に該当するものとして取り扱う。
(出張旅費、宿泊費、日当等)
11-2-1 役員又は使用人(以下「使用人等」という。)が勤務する場所を離れてその職務を遂行するため旅行をし、若しくは転任に伴う転居のための旅行をした場合又は就職若しくは退職をした者若しくは死亡による退職をした者の遺族(以下11-2-1において「退職者等」という。)がこれらに伴う転居のための旅行をした場合に、事業者がその使用人等又はその退職者等に支給する出張旅費、宿泊費、日当等のうち、その旅行について通常必要であると認められる部分の金額は、課税仕入れに係る支払対価に該当するものとして取り扱う。
(注)
1 「その旅行について通常必要であると認められる部分の金額」の範囲については、所基通9-3《非課税とされる旅費の範囲》の例により判定する。
2 海外出張のために支給する旅費、宿泊費及び日当等は、原則として課税仕入れに係る支払対価に該当しない。
引用:課税仕入れの範囲|国税庁
人件費ごとの消費税の判定一覧
人件費のなかには、
- 消費税の課税取引となるもの(課税取引)
- 消費税の課税取引とはならないもの(非課税取引・不課税取引・免税取引)
これらが混同しているため、人件費の内容ごとに消費税の判定をおこなう必要があります。
具体的に人件費に関する消費税の取り扱いは、下記のとおりです。
項目 | 消費税の判定 | 備考 |
---|---|---|
給料 | 不課税取引 | |
役員報酬 | 不課税取引 | |
賞与(役員賞与含む) | 不課税取引 | |
通勤手当 | 課税取引 | 通常必要と認められる範囲内である場合のみ |
住宅手当 | 不課税取引 | |
役職手当 | 不課税取引 | |
資格手当 | 不課税取引 | |
出張旅費手当 | 課税取引 | 海外への出張の場合は課税取引に該当しない |
時間外手当 | 不課税取引 | |
社会保険料 | 不課税取引 |
通勤手当に通常必要であると認められる部分の金額については、具体的な金額提示がないため、「所得税法上の通勤手当の非課税限度額の一覧表」を参考にしましょう。
通常必要であると認められる部分を超えた金額を支給した場合には、その超えた部分については給料に該当し、所得税の対象となるほか、消費税の不課税取引となる可能性があります。
所得税法上の通勤手当の非課税限度額
ただし、上記の限度額を超えている場合においても、通常必要である通勤手当と認められる場合は、全額が消費税の課税対象となります。
業務委託に消費税はかかる?
事業者のなかには、従業員を雇用せずに外部へ業務委託する場合がありますが、この場合における業務委託費用は原則として消費税の課税取引となります。
これは、上記で解説した消費税の課税取引の条件である下記の4つの条件を満たしているためです。
- 国内においておこなう取引である
- 事業者※1が事業としておこなうものである
- 対価を得ておこなうものである
- 資産の譲渡、資産の貸し付け、役務の提供をおこなっている
※1 事業者とは、「個人事業者」と「法人」のことをいいます。
業務委託の場合は事業者同士の取引となることから、上記の条件をすべて満たしていることになります。
そのため、業務委託費用に関しては、原則として消費税の課税取引となります。
なお、個人の産業医に対する報酬など、一部の業務委託については消費税の対象外となります。
人件費と業務委託のちがいとは?
人件費と業務委託の大きな違いは、「契約形態のちがい」です。人件費と業務委託は下記のような契約形態でおこなわれます。
人件費 | 従業員との雇用契約 |
---|---|
業務委託 | 事業者との業務委託契約 |
同じ業務をおこなう場合においても、契約形態によって消費税の取り扱いが異なるため、それぞれの契約形態を正しく理解し、適切な契約を結ばなければなりません。
まずは、それぞれの契約形態の特徴について確認していきましょう。
人件費(雇用契約)
雇用契約は、
- 正社員
- 契約社員
- アルバイト
などになろうとする人と企業が結ぶ契約です。
雇用については民法623条で定義されています。
第六百二十三条 雇用は、当事者の一方が相手方に対して労働に従事することを約し、相手方がこれに対してその報酬を与えることを約することによって、その効力を生ずる。
外注費(業務委託契約)
業務委託契約は、自社がおこなう業務を外部の個人事業者や、法人に委託する際に結ぶ契約です。
業務委託契約という契約形態は民法上はありませんが、「請負契約」や「委任契約」とおなじ取り扱いとされています。
第六百三十二条 請負は、当事者の一方がある仕事を完成することを約し、相手方がその仕事の結果に対してその報酬を支払うことを約することによって、その効力を生ずる。
第六百四十三条 委任は、当事者の一方が法律行為をすることを相手方に委託し、相手方がこれを承諾することによって、その効力を生ずる。
人件費と業務委託の判定はどのように行う?
「人件費に該当するのか」「業務委託として外注費に該当するのか」ということについては、
「雇用契約」なのか、「請負契約」「委任契約」なのかによって判断しますが、場合によってはどちらの契約なのか判断が難しい場合もあります。
また、人件費と業務委託の判定については明確な線引きがなく、判定が難しくなっています。
一例として国税庁に記載されている、「大工や左官、とび職の受ける報酬の5つの判定基準」をご紹介します。
- 業務の代替性
- 業務の拘束性
- 業務の指揮監督
- 業務の報酬請求権
- 業務の材料供与
実務上はこれらの要素が複雑に絡み合っていますので、業種や実態に応じて、総合的に判定をおこなう必要があります。
それでは、判定項目を詳しく確認していきましょう。
業務の代替性
「自分以外の他人が代替して業務をおこなうことができるか」という観点から判定をおこないます。
判定基準 | 判定 |
---|---|
契約者である雇用された人が業務をおこなわなければならない | 給与(人件費) |
契約者が第三者に業務を任せることができる | 外注費(業務委託) |
業務の拘束性
「業務に対する報酬計算の根拠や、作業時間などの拘束性があるか」という観点から判定をおこないます。
判定基準 | 判定 |
---|---|
作業時間の指定や時間を単位とする報酬計算がおこなわれる | 給与(人件費) |
作業時間に指定がなく業務に対して報酬が支払われる | 外注費(業務委託) |
業務の指揮監督
「業務の作業方針などについて、指揮監督があるか」という観点から判定をおこないます。
判定基準 | 判定 |
---|---|
作業の具体的な内容や方法について支払者から指揮監督を受ける | 給与(人件費) |
作業の具体的な内容や方法について自分で決めることができる | 外注費(業務委託) |
業務の報酬請求権
「業務の報酬請求権があるか」という観点から判定をおこないます。
判定基準 | 判定 |
---|---|
未完成のものが不可抗力のために滅失した場合、すでに完了した業務や提供した役務にかかる報酬を請求できる | 給与(人件費) |
納品が完了した場合、役務の提供が完了した場合にのみ報酬を請求できる | 外注費(業務委託) |
業務の材料供与
「業務に必要な材料供与があるか」という観点から判定をおこないます。
判定基準 | 判定 |
---|---|
業務に必要な材料や用具などが支給される | 給与(人件費) |
業務に必要な材料や用具などを自分で調達しなければならない | 外注費(業務委託) |
人件費と業務委託は経理処理が異なる?
人件費と業務委託費は同じ費用であっても消費税に関する経理処理が異なるということは皆さんご存知でしょうか。
事業者にとって「人件費」「業務委託費」については、事業を大きくしていくうえでは必須の費用であるといえます。
- 従業員を雇用して「人件費」として支出する
- 外部の事業者へ業務を依頼して「業務委託費」として支出する
これらの費用については、業務を第三者に手伝ってもらうという点においてあまり差はありませんが、消費税の経理処理においては大きく異なるため、注意が必要です。
人件費と業務委託費については、下記のように取り扱われます。
人件費 | 原則「不課税取引」として消費税の納税額から控除できない |
---|---|
業務委託 | 「課税取引」として消費税の納税額から控除できる |
一般的に、業務委託費は人件費として支出する場合よりも金額が高くなる傾向にあります。下記の例では、人件費と業務委託費の金額が同額であると仮定し、消費税の納税額にどれほどの差が生じるのかをみていきましょう。
人件費(不課税取引)と業務委託費(課税取引)が同額の場合における消費税の納税額
人件費(不課税取引)と業務委託費(課税取引)それぞれ550万円を支出した場合、消費税納税額の差額は次のとおりです。
人件費 | 業務委託 | |
---|---|---|
支出額 | 550万円(税抜・課税対象外) | 550万円(税込) |
消費税の取り扱い | 消費税の課税対象外 | 原則として消費税の課税対象 |
消費税の控除金額 | 0円(消費税課税対象外のため) | 55万円(550万円÷110%×10%) |
このように、同じ金額を支払った場合でも、人件費と業務委託とでは消費税の取り扱いが異なる為、納税額に差額が生ます。
人件費の金額と業務委託の金額では、一概にはどちらが有利であるとはいえませんが、消費税の計算上それぞれの経理処理について、上記のような特徴があるということを覚えておきましょう。
原則的な方法で消費税の計算をおこなう際は、「1.売上に含まれる消費税」から「2.費用の中に含まれる消費税」を差し引いて、納税額を計算します。このときの2の部分を「仕入税額控除」といいます。
業務委託の場合は、消費税の課税取引となるため、支払った金額に含まれる消費税額分が控除できるということになります。
ただし、本来「人件費」に該当するにもかかわらず、「業務委託」として経理処理している場合、税務調査時において否認され、消費税の追徴課税だけでなく、加算税などのペナルティが課せられることがあるため注意が必要です。
人件費のメリット・デメリット
人件費と業務委託については、消費税の計算上は業務委託のほうが有利ですが、人件費のほうにもメリットはあります。
まずは人件費のメリットとデメリットを把握しておくことで、どちらが有利なのかを判断することができます。
人件費のメリット
人件費のメリットとしては、
- 業務委託の場合に比べてコストを抑えることができる
- 社内で業務をおこなうため、業務委託に比べて納期や完成までの期間が短い
- 税制上の優遇措置を受けることができる(所得拡大促進税制など※1)
などがあげられます。
業務委託と比べると消費税の計算上、不利になってしまいますが、それ以上にメリットの効果が大きくなるケースもあるため、一概に業務委託が有利であるとは言い切れません。
※1 所得拡大促進税制は、青色申告書を提出している中小企業者などが、一定の要件を満たしたうえで、前年度より給与などの支給額を増加させた場合、その増加額の一部を法人税から税額控除できる制度です。
条件を満たすことで高い税額控除を受けることができる場合もあるため、前年度よりも給与支給額が増加している場合には、経済産業省の中小企業向け所得拡大促進税制を一度確認してみましょう。
人件費のデメリット
人件費のデメリットとしては、
- 消費税の納税額から控除できない
- 人件費は固定費であるため、業務委託に比べ費用負担が増加する場合がある
などがあげられます。
人件費の大きなデメリットである消費税の取り扱いについては、すべての事業者にとってのデメリットではなく、消費税の免税事業者にとっては、何も影響がありません。
ただし、残りのデメリットについては、すべての事業者に共通するデメリットであるため、メリットとデメリットを比較し、「業務委託とどちらが良いのか」ということを慎重に検討する必要があります。
また、消費税の免税事業者であるかどうかの判定方法については、
- 基準期間の課税売上高
- 特定期間の課税売上高
- 設立時の資本金の金額
- 消費税に関する届出書の提出の有無
などによっても判定しなければなりません。
具体的には、下記のフローチャートの流れで判定をおこないます。
しかし上記以外にも、「新規開業事業者」や「新規設立法人」の場合は、
- 相続
- 合併および分割
などの状況によって別の判定項目があるため、注意が必要です。
業務委託のメリット・デメリット
業務委託は、消費税計算上のメリット以外にもメリットやデメリットがあります。そのため、消費税の計算上有利だからという理由だけで、業務委託を選択してしまうと損をしてしまう場合もあります。
上記の人件費と同様に、業務委託のメリット・デメリットを把握しておくことで、適切な判断をおこなうことができます。
業務委託のメリット
業務委託のメリットとしては、
- 消費税の納税額から控除できる
- 外部の高いスキルやノウハウを活用することができる
- 必要な分の業務を依頼することで、スマートな事業をおこなうことができる
- 自社でおこなえない業務を依頼することで、不要な設備投資を防ぐことができる
などがあげられます。
消費税の計算上のメリットが一番のメリットであるといえますが、業務委託には、
- 事業の効率化
- 設備投資のリスク回避
などの効果を見込むことがもできます。
業務委託のデメリット
業務委託のデメリットとしては、
- コストが高くなる可能性がある
- 契約解除により、業務を続けることができなくなる可能性がある
- 情報漏洩のリスクがある
などがあげられます。
業務委託については、あくまでも外部に業務を委託するため、自分たちの目の届かないところでの業務となる場合が多く、業務の内容や実態など不明確になってしまうこともあります。
そのため、デメリットであるコストが予想よりも大きくなってしまう場合もあります。
場合によっては、消費税の計算上のメリットよりもデメリットが大きくなることもあるため、慎重に判断していかなければなりません。
人件費と業務委託費の線引きは難しい部分も
人件費を業務委託に変更することで消費税の納税額を減少させることができますが、そのためには、下記の判定をおこなっていかなければなりません。
- 業務委託に該当するという事実がある
- 人件費よりも業務委託のほうがメリットが多い
消費税の取り扱いだけをみると、業務委託を選択しがちになります。
給与として人件費を支払う場合 | 消費税の納税額から控除することができない |
---|---|
外注費として人件費を支払う場合 | 消費税の納税額から控除することができる |
しかし、目先の消費税に関するメリットばかりを優先してしまうと長期的な目で見た際に損をしてしまうこともあるため、慎重に検討する必要があります。
また、人件費と業務委託の判定には、たしかな定義がないことから自己判断で業務委託として処理してしまう場合もあります。万が一、税務調査において、業務委託ではなく人件費であると判断されれば、消費税の追徴課税、延滞税や加算税などペナルティがあるだけでなく、源泉所得税の追徴課税など、従業員にも迷惑がかかってしまうため注意が必要です。
自分たちにとって、どちらの方法が最適な方法であるかについては、消費税だけでなく広い視野で判定しかなければならないため、なるべく税理士に相談することをおすすめします。