遺産放棄(財産放棄)を行うことで、相続される予定の財産のすべてまたは一部の受け取りをせずに済みます。「相続財産に借金がある」「相続争いに巻き込まれたくない」などの事情がある方が利用する方法です。
遺産放棄と名称が似たものに相続放棄がありますが、遺産放棄と相続放棄の内容は大きく異なります。それぞれの意味を知らずに安易な選択をしてしまうと、予期せぬトラブルに巻き込まれるかもしれません。
当記事では遺産放棄の概要や相続放棄との違い、遺産放棄を選択する際の注意点、遺産放棄を選ぶケース、遺産放棄を選ぶ際の遺産分割協議のポイントなどを解説します。
遺産放棄とは?相続放棄との違いについて
遺産放棄は、簡単に言えば相続予定の財産を受け取らないようにすることです。
似たようなものに相続放棄の手続きがありますが、遺産相続と相続放棄の内容は大きく異なっています。以下では、遺産放棄の概要や相続放棄との違いを解説します。
遺産放棄は相続人の立場のまま財産のみを手放すこと
遺産放棄とは、相続人の立場を放棄せず財産のみを手放すことです。相続権は失われません。
あくまで相続人同士の話し合いの中で、「自分は相続しない」「遺産の一部だけもらう」と認めてもらいます。遺産放棄に法的な手続きは必要ありません。あくまで相続人同士の決め事というイメージです。
そのため、相続放棄とは違い「財産の調べ漏れがあった」「やり直しに全員が合意した」などの特定の条件下では、後から放棄自体を撤回できます。
相続放棄は相続人としての一切の権利を法的に手放すこと
相続放棄とは、相続予定の財産と相続人の立場を一緒に放棄する、法的な手続きのことです。相続放棄が認められた時点で、プラス・マイナスの財産を問わず、当該相続権の一切がなくなります。
遺産相続との大きな違いは、「家庭裁判所での手続きが必要なこと」「原則として後から撤回できないこと」「一部だけ相続するなどの柔軟な対応ができないこと」などです。
なお、相続放棄が認められた場合は、「始めから相続人ではなかった」という法的扱いになります。
遺産放棄を選ぶときはどのようなケース?
相続放棄ではなく遺産放棄を選ぶかを検討するケースとして、次の5つが挙げられます。
- 相続人としての権利は放棄したくないとき
- 一部の財産のみを相続したいとき
- 法関係の手続きを避けたいとき
- 相続財産にマイナスの見込みがないとき
- 相続人同士のトラブルが発生しないとき
相続人としての権利は放棄したくないとき
遺産放棄の大きな特徴は、相続人としての権利を有したまま財産の相続を断れる点です。後にプラスの財産が見つかったときにあらためて権利を主張したり、他の相続人の怪しい動きを牽制できたりなどのメリットがあります。
一部の遺産のみを相続したいとき
相続放棄と異なり、遺産放棄は受け取るか放棄するかを遺産ごとで選択できます。「不動産は取得する」「現金は〇〇万円のみで問題ない」など、ある程度柔軟な相続が可能です。
とはいえ、すべてが自分の意見どおりに相続できるかは、相続人同士の遺産分割協議の結果によります。
法関係の手続きを避けたいとき
遺産放棄は、法律に定められた正式な制度とは異なります。そのため相続放棄やその他の相続関係の権利行使とは違い、遺産放棄には特別な手続きは必要ありません。通常の相続手続きを進めつつ、相続人との話し合いのみで成立します。
相続財産にマイナスの見込みがないとき
相続予定の財産に債務がなく、マイナスの見込みがないときは、相続権を有したままの相続放棄を選んでもよいでしょう。被相続人の債権者から、負債についての支払いの請求を受ける可能性がほぼないからです。
逆に被相続人に多額の借金が存在する場合は、一切の相続財産を受け取らずに済む相続放棄をおすすめします。例えば、被相続人が自営業や事業を営んでいる方だと、予期していなかった借入金や連帯保証債務が存在するかもしれません。
相続人同士のトラブルが発生しないとき
相続人同士に目立ったトラブルがなく、相続権を放棄しなくてもトラブルが発生しないと見込まれるときは、遺産放棄を検討してもよいでしょう。
相続放棄を選んだ場合、借金などの債務を他の相続人へ移す形になります。むしろそこから新しいトラブルに発展する可能性があります。
遺産放棄を選択する際の注意点
遺産放棄を選択する際には、次の注意点があります。
- 債権者から請求がくる可能性がある
- 相続権に関するトラブルに巻き込まれる可能性がある
- 他の相続人に相続権を譲れない
債権者から請求がくる可能性がある
遺産放棄によって借金などの債務を相続しなかったとしても、被相続人の債権者から債務についての支払いを請求された場合は、法的に対抗できず支払いの必要が出てきます。
遺産放棄では相続人としての立場は捨てていないので、債権者は相続債権者として、相続人に弁済を求める権利が残っています。これは遺産分割協議の内容や、実際の相続財産の状況に関わらずです。
債権者からの請求に対して法的に対抗するには、相続放棄手続きにて正式に相続権を放棄しておきましょう。
相続権に関するトラブルなどに巻き込まれる可能性がある
相続権が残ったままの遺産放棄では、相続関係のトラブルに巻き込まれる可能性があります。考えられるケースは次のとおりです。
- 遺産分割協議に参加する必要性が出てくる
- 遺産分割協議のいざこざに巻き込まれて人間関係が悪化する
- 相続を拒否したい遺産を押し付けられる
- 財産の相続せず、他の相続人の手伝いだけさせられて労力がかかる
相続争いやその他の手続き・話し合いから完全に離れたい場合は、相続放棄を選択するとよいでしょう。
特定の相続人に権利を集中させられない
相続放棄によって相続の権利を譲る方の中には、「事業承継者以外が相続放棄して財産を集める」といった、特定の相続人に権利を集中させるケースがあります。しかし、遺産放棄だと相続権が残るので、意図しない権利関係のトラブルが発生する可能性があります。
このケースの場合、自分以外の相続人が遺産放棄を主張しているときに少し注意が必要です。相続権が残っている限り、時間が経過したり事業がうまくいったりしたタイミングで、当該人物に突然権利行使を主張されるかもしれません。
相続権を他の方に完全な形で移したいときも、遺産放棄より相続放棄のほうがよいでしょう。
遺産放棄を進める流れ
法的な効力がない遺産放棄においては、家庭裁判所などへの申立てや書類提出などの手続きは必要ありません。
とはいえ、遺産放棄は相続権自体がなくなるわけではないので、相続関係の手続きは行います。また、「本当に遺産放棄をすべきかどうか」を判断するための作業も必要でしょう。
遺産放棄を進める主な流れは次のとおりです。
- 相続財産や遺言書の有無などの調査を行う
- 遺産分割協議を行う
端的に言えば、遺産分割協議が遺産放棄の手続きだといえます。
相続財産や遺言書の有無などの調査を行う
遺産放棄すべきかどうかの判断は、通常の相続手続きを進める中で行うのが一般的です。まずは相続財産や遺言書の有無などについて調査しましょう。具体的に確認すべき事項は次のとおりです。
- 相続財産の評価や種類
- 遺言書の有無
- 自分の相続順位や相続割合
上記の情報を基に、「自分は本当に遺産放棄をすべきか」を判断します。調査の際には戸籍謄本の収集などが必要です。
財産の情報に関係なく、すべての相続財産を受け取らないと決めているときは、相続権ごと放棄する相続放棄手続きを検討してみてください。
遺産分割協議を行う
遺産分割協議とは、相続財産を誰にどれくらい配分すべきかについて、相続人全員で話し合うことです。遺産放棄することを心の中で決めていても、相続人として話し合いには参加する必要があります。
遺産分割協議の内容がまとまらない場合は、家庭裁判所に遺産分割調停を申立てた後、裁判官・調停委員に間に入ってもらい話し合いを進めましょう。調停でも解決しないときは、さらに遺産分割審判に移行します。
遺産相続のための遺産分割協議のポイント
遺産放棄を問題なく進めるには、遺産分割協議などを通じて、自分の主張を他の相続人に納得してもらう必要があります。以下では遺産分割協議における注意点をまとめました。
- 相続人全員の参加が必要になる
- 自分の主張を納得してもらう準備をしておく
- 遺産分割協議書を作成し内容をまとめておく
- 遺言書がある場合はすべてに優先される
相続人全員の参加が必要になる
遺産分割協議は、前提として相続人全員の参加が必要になります。話し合いの内容については、全員の合意を得なければ成立しません。1人でも協議に参加しない方がいると、原則としてその遺産分割協議は無効とされます。
そのため判明している相続人を集めることに加え、相続人全員が法定相続人として確定させることが重要です。
なお協議と言っても一箇所に集まってもらう必要はなく、電話やメール、Web会議ツールなどでのやり取りでも問題ありません。
自分の主張を納得してもらう準備をしておく
遺産分割協議においては、自分の主張内容に納得しない相続人についても想定できます。遺産放棄をスムーズに進めるには、他の方たちに納得してもらうための準備が必要不可欠です。例えば、次の準備が考えられます。
- なぜ自分が遺産放棄を行うべきなのかの合理的な理由
- 遺産放棄による他の相続人のメリット
- 被相続人が生前の頃からの密なコミュニケーション
遺産分割協議書を作成し内容をまとめておく
協議の際は、自分が受け取る財産の範囲について明確に主張しましょう。後に言った言わないの争いになる可能性があるためです。
後のトラブルを回避するには、遺産分割協議の合意内容をまとめた遺産分割協議書の作成をおすすめします。遺産分割協議書は、相続人全員が合意した契約書や、相続の事実に関する証明書のような性質を持ちます。作成の義務はありませんが、用意しておくのが一般的です。
遺言書がある場合はすべてに優先される
もし被相続人が相続内容について指定した遺言書を遺している場合、相続人との間柄や遺産分割協議の有無に関わらず、原則として遺言書の内容がすべてに優先されます。
このケースでは、遺産放棄を主張していても遺言書どおりの相続になります。
相続放棄を進めるときの流れは?
もし遺産放棄ではなく相続放棄を行う場合は、相続財産・相続人などの調査に加えて、相続放棄の申立て手続きが必要です。
相続放棄申述書やその他の書類を揃えた後は、被相続人最後の居住地を管轄する家庭裁判所にて申立てを行いましょう。
手続きをした後は、家庭裁判所より意見照会書が届きます。意見照会書へ回答した後に申立て内容の審査が行われ、認められたら相続放棄が成立します。成立後、家庭裁判所より送られてくる相続放棄申述受理通知書を受け取り、手続き終了です。
もし客観的に相続放棄を証明したい場合は、家庭裁判所に相続放棄申述受理証明書の発行を請求してください。相続放棄申述書は、登記申請などを行うときに使用できます、
相続関係の相談は司法書士や弁護士へ相談
遺産放棄を行うのに、法的な手続きはとくにありません。とはいえ、「遺産放棄をすべきか」「相続放棄のほうがよいのか」といった判断を、自分だけで行うことに不安を感じる方もおられるでしょう。
また、遺産分割協議や相続放棄についても、ある程度知識がないと手続きを進めるのが難しいのが現状です。
もし遺産放棄を含めて相続に関してさまざまな疑問があるときは、司法書士や弁護士などの専門家へ一度相談することをおすすめします。専門家であれば、遺産分割協議についてのアドバイスや、相続放棄手続きに必要な書類作成サポートなどに対応できます。
とくに弁護士であれば、遺産分割協議の交渉対応や相続放棄申述書の作成の代理が可能です。遺産放棄と相続放棄のいずれかを検討されている方は、無料相談などをぜひ利用してみてください。