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医療法人のM&Aにおけるメリット・デメリットは?スキームの種類などを解説

医療法人のM&Aにおけるメリット・デメリットは?スキームの種類などを解説

近年においては、事業承継や事業存続、事業拡大などを目的とした医療法人のM&Aが、以前より活発になってきました。高齢化や後継者不足などの問題を抱える医療業界において、M&Aを行うことにはどのようなメリットがあるのでしょうか。

当記事では、医療法人のM&Aの動向やメリット・デメリット、医療法人のM&Aスキームの種類などを解説します。

医療法人のM&A動向

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営利を目的としない医療法人は、株式会社のように利益拡大を見込んだM&Aは起こりにくいのが現状です。しかし、後継者問題や経営難などが原因で、医療法人のM&Aは増加傾向が見られます。

例えば医療業界においては、後継者問題は深刻です。帝国データバンクの調査では、病院・医療の法人後継者不在率は68.1%と他の業界と比較して非常に高くなっていました。後継者問題の解決策として、医療法人のM&Aが注目されている背景があります。

また、近年の診療報酬・薬価基準の引き下げや建物・設備の老朽化などによって、医療法人の経営難が増えている点もM&Aの増加の要因です。経営が難しくなり、他の医療法人や株式会社へ法人を売却する事例が増えている傾向があります。

医療業界への進出を見込んだ、他業種の企業による医療法人のM&Aも見られます。

近年では、医療法人に関わらずM&A市場は拡大傾向です。M&Aをサポートする民間企業やサービスも増加しており、医療法人のM&Aも進めやすい環境となっていくのではないでしょうか。

医療法人をM&Aする譲受・譲渡それぞれのメリットは?

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医療法人のM&Aは、親族内での事業承継にはないさまざまなメリットがあります。例えば買い手側の医療法人であれば、後継者問題が簡単に解決したり事業拡大が狙いやすかったりなどです。

売り手側も、地域の方々の不安を解消したり現従業員の働き先を失わせなかったりといったメリットがあります。以下では、買い手(譲受)と売り手(譲渡)のそれぞれの立場で解説します。

買い手(譲受)側のメリット

買い手(譲受)側の主なメリットは、「地域の病床数増加や事業エリア拡大などが狙える」「後継者や優秀な人材を確保できる」「節税ができる」です。

地域の病床数増加や事業エリア拡大などを狙える

医療法人のM&Aを行うと、株式会社のM&Aと同じく事業規模は大きくなるのが一般的です。事業規模が拡大する具体的なメリットは次のとおりです。

  • 同一医療圏の場合は、病状の増加が難しい地域でも病床数を増やせる(合併の場合)
  • 新規に医療法人を設立するよりグループ内の医療法人を増やせる
  • 医療設備や人員確保によって、診察・入院患者数の受け入れ体制が増やせる
  • 多店舗展開ができる

上記のうち、医療法人ならではのメリットは病床数を増やせる点です。

病床数は、各自治体の医療計画に基づいて決まっています。病床数が上限に達している地域だと、自力での病床規模の拡大は難しいため、すでに開院している病院を買収することで規制を回避できます。医療法人のM&Aにおける、大きなメリットといえるでしょう。

後継者や優秀な人材を確保できる

本来、医療法人で後継者を育成したり探したりするのは簡単ではありません。とくに理事長になれる人物は医者または歯科医師のみと医療法で定められており、資格を持つ信頼できる人物を1から育成していくのは至難の業です。

しかし、M&Aであれば売り手側の人材が入ってくるので、外部から後継者にふさわしい人物を引き込める可能性が上がります。外部からの招聘によって、既存の経営陣からより経営意欲のある人材に入れ替えることも考えられるでしょう。

また、後継者候補だけでなく、売り手側法人に所属する優秀な人材の入職にも期待できます。実務経験を経た医師、看護師、その他事務関係の人材などを、新たに採用活動をすることなく獲得できるでしょう。

節税ができる

M&Aのスキームによっては、買い手は資産だけでなく売り手の負債も引き継ぎます。法人の場合、発生した赤字(繰越欠損金)は7年または9年間繰り越すことができ、売上が黒字となった年とで相殺が可能です。

例えば負債1,000万円を引き継いだ場合、次の年に黒字300万円が出ると相殺して売上を0に、また次の年に800万円の黒字が出ると残り700万円を相殺して売上100万円とできます。

つまり、繰越欠損金で売上を相殺して課税所得を減らすことで、本来課税されるはずだった法人税や法人住民税などを節税できます。

売り手(譲渡側)のメリット

医療法人の売り手(譲渡側)の主なメリットは、「地域医療に空白を作らない」「従業員の雇用先を確保できる」です。

地域医療に空白を作らない

医療法人や病院などの医療関係の施設は、周辺地域の住民にとって非常に大切な存在です。廃院や経営難の場合、体調不良時に利用したい人や、利用中の患者に大きな不安が残ります。とくに、医療関係の施設が不足している地域ではより大きな問題となるでしょう。

M&Aで廃院や経営難の問題を解消できれば、地域の医療体制を存続させることが可能です。

現従業員の雇用先を確保できる

医療法人を解散させたり経営難で人材削減したりなどが発生すると、現従業員の雇用が脅かされます。M&Aによって医療法人を存続させられれば、現従業員を引き続き雇うことが可能です。

医療法人のM&Aで気をつけるべきデメリットは?

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医療法人のM&Aにおいて、気をつけるべきデメリットは次のとおりです。

  • 融合がうまくいかずトラブルが発生する
  • 医療サービスの質などの低下につながる恐れがある
  • 非営利性による考慮すべき点が多い
  • 買い手となる医療法人が見つからない可能性がある
  • 出資持分あり・なしの確認が必要になる

融合がうまくいかずトラブルが発生する

M&Aの後は原則として、売り手・買い手の従業員・設備・業務フローなどが融合する形になります。これまでの体制と大きく変わるので、融合がうまくいかないとトラブルが発生する可能性は高くなります。

考えられるトラブルは次のとおりです。

・社員の議決権を行使されて、想定していたM&Aが進まなくなる可能性がある
・使用設備や業務フローの違いから、現場での混乱が起こる
・社風や社員の相性が合わず、職場トラブルや社員の退職、患者からの不満などが発生する
・給与体系や福利厚生の変化によって、社員からの抗議が来る可能性がある

M&Aを実施する際は、従業員や患者への誠意ある説明や、融合後の体制管理・改善を怠らないことが大切になるでしょう。

医療法人は株式会社と異なり、出資にかかわらず議決権が社員1人1つです。新旧社員の連携が取れなければ、事前に思い描いていたM&Aができなくなる可能性があります。

医療サービスの質などの低下につながる恐れがある

M&Aによって医療法人の体制が大きく変わりますが、必ずしも医療サービスの質や経営体制などがよくなる保証はありません。

M&A前のデューデリジェンスが甘いと、財政状態・人材・設備などの質の悪さを見抜けず、M&A実施前よりも経営状況が悪化する可能性があります。

同族経営の医療法人の場合だと、社員や設備関係の管理が十分でないケースも珍しくありません。M&Aを成立させる前に、企業の財政状況や人材、管理体制などはしっかりと確認しておきましょう。

非営利性による考慮すべき点が多い

医療法人は株式会社と異なり、利益追求を目的としない非営利法人です。営利に関わる以下のものが禁止されています。

  • 役員や社員などへの剰余金の配当(事実上の利益の分配を含む)
  • 営利を目的とした法人の開設
  • 営利法人の社員化・役員化

このように医療法人は、株式会社のM&Aと利益面の考え方が大きく異なります。

買い手となる医療法人が見つからない可能性がある

医療法人のM&Aであっても、あくまで買い手・売り手の間の交渉・契約内容によって取引内容が決まります。医療法人を売りたくても、買い手との条件面が合わなければM&Aは成立しません。また、希望通りの価格や条件で売却できない可能性があります。

医療法人の売却や事業譲渡を検討する場合は、あらかじめ問題となる点を改善しておいたり、買い手が得られるメリットを明確に掲示したりなどを行いましょう。

医療法人の買収を行う場合は、対費用効果の検証や綿密なデューデリジェンスの実施などが必要不可欠になります。

出資持分あり・なしの確認が必要になる

医療法人は、出資持分ありと出資持分なしに分けられます。M&Aやその他の事業承継においては、持分あり・なしでは出資金の払戻しや税金面で扱いが大きく異なります。手続きや実施できるスキームも変わってくるので、M&A実施前には確認しておきましょう。

出資持分とは、株式会社における株式のイメージです。

なお、2007年4月に医療法が改正され、出資持分なしの医療法人の設立しか認められなくなりました。

医療法人のM&Aの具体的なスキーム

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医療法人のM&Aの具体的なスキームは、主に次の5種類が存在します。

  • 出資持分譲渡
  • 合併
  • 分割
  • 社員・評議員入れ替えによる経営権取得
  • 事業譲渡

出資持分譲渡

出資持分譲渡のスキームでは、売り手側の医療法人の出資金や社員権を、同時に買い手側へ譲渡するM&Aを行います。

社員総会では買い手側の社員が過半数を占めれば、新体制への移行・経営権取得などもスムーズに進めやすいです。

ただし定款の変更(医療法人の法人名変更)・役員除名・解散の決議については、社員総会への総社員3分の2以上の出席と出席者3分の2以上の賛成が必要になります。

出資持分譲渡の特徴は次のとおりです。

  • 比較的簡易的な手続きで成立する
  • 従業員との雇用契約や取引先の契約を継続できる
  • 出資持分ありの医療法人で行われるM&Aスキームである

合併

複数の法人を1つの法人にする合併も、医療法人のM&Aスキームとして一般的です。合併後に残るのが既存の医療法人である場合は吸収合併(A+Bで法人Bが残る)、新しい医療法人を設立する場合は新設合併(A+Bで新しく法人Cを作る)と呼びます。

合併の特徴は次のとおりです。

  • 売り手と買い手の医療法人が1つになるので、売上やコスト、財務面でのシナジー効果が期待できる
  • 権利義務や資産を包括的に承継できる
  • 持分あり・なしの医療法人のどちらにでも適用できるM&Aスキームである

分割

分割とは、医療法人の一部の事業を分割し、分割した事業の権利義務の一切を他の医療法人へ承継させるM&Aスキームです。既存の医療法人へ分割事業を引き継がせる場合は吸収分割、新しく設立した医療法人へ引き継がせる場合は新設分割となります。

分割の特徴は次のとおりです。

  • 分割分だけの承継などある程度柔軟なM&Aができる
  • 出資持分なしの医療法人のみ実施できるM&Aスキームである

社員・評議員入れ替えによる経営権取得

社員・評議員入れ替えによる経営権取得は、売り手の社員・評議員を退職金などを対価として退職してもらい、買い手の社員・評議員で構成した体制で経営権を獲得するM&Aスキームです。

社員・評議員入れ替えによる経営権取得の特徴は次のとおりです。

  • 買い手の思惑通りに医療体制の構築がやりやすい
  • 出資持分譲渡と同じ認可・変更手続きが必要になる
  • 社団医療法人と財団医療法人で用いられるM&Aスキームである

事業譲渡

事業譲渡は、医療法人の事業のすべてまたは一部を別の医療法人へ譲渡するM&Aスキームです。分割や合併は権利義務などがまとめて承継されるのに対し、事業譲渡は譲渡するものをある程度選別できます。

経営主体が代わることから、医療機関の閉鎖・開設の届出や従業員の再雇用手続きなどが必要です。

事業譲渡の特徴は次のとおりです。

  • 必要な分だけのM&Aが成立する(簿外債務引受のリスクを遮断できる、特定の権利義務・従業員を選べるなど)
  • 権利義務の数が多いと、行うべき手続きが多くなる
  • すべての医療法人で実施できるM&Aスキームである

医療法人のM&Aは専門家との協力体制を!

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医療法の制限を受けながら運営する医療法人のM&Aを進めるには、高い専門性や経験が必要になります。法人内の社員だけで計画・交渉・契約・実施の一連の流れを遂行するのは至難の業になるでしょう。

例えば、医療法人のM&Aを進めるには次の手順が必要です。

  • M&A実施前の事前検討(収益性、運営体制、従業員整理、M&A後の事業計画など)
  • 医療法人の譲渡価格の計算・設定(自家純資産額や営業権など)
  • 当事者間での契約締結、社員総会での契約同意の確認、認可申請、合併の登記など
  • 貸借対照表などの財務関係の確認や公表
  • デューデリジェンスの実施
  • 社会保険関係の手続き
  • 相続税・贈与税などの税金関係の計算・手続き

上記のような専門性の高い作業をミスなく行うだけでなく、数ヶ月〜半年以上の中長期間の労力をかけなければなりません。スケジュール感としては、実施の数年前から検討を進めておく必要があるでしょう。

医療法人の運営を進めながらM&Aを進めるのは、非常に難易度が高いと言えます。

そのため医療法人のM&Aを行う際は、専門家と協力体制を構築することをおすすめします。医療法人のM&Aに実績ある企業のサポートや、中小企業診断士・税理士などの専門家などと、しっかり連携して進めていってください。

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安藤 正道
記事の監修者 安藤 正道
きわみアセットマネジメント株式会社 取締役

金融商品仲介業「きわみアセットマネジメント株式会社」取締役。
きわみアセットマネジメント株式会社は特定の金融機関に属さず、お客さまのライフプランに最適なアドバイスができるIFA法人です。お客さまの一生涯のパートナーとなり、寄り添います。ご相談は無料ですのでお気軽にお問合せください。

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