起業がどんどん身近になっている。成功する若手起業家のニュースは連日増えており「起業が人生逆転のチャンス」と思われがちだ。なかには、成功を掴むために、起業しなくてはならないという強迫観念を抱く「起業したい病」といわれる人も増えているという。
これから起業をめざすあなたはどうだろう。どこかで「大きな目標を掲げるべきだ」と思い込んでいないだろうか?
「大それたビジョンなんていらない」そう思わせてくれるのが、hiqers株式会社の三嶋秀成社長だ。彼の気取らない言葉は、飾り気こそないものの、その考え方は実に本質的だ。いい意味で「社長らしくない」男に起業への思いを聞いてみた。
問題解決は「ゲーム」
起業に至った経緯を教えてください。
リーマンショックのあとで、転職活動がうまくいかなかったことがきっかけです。当時はどの企業も経営が苦しく、大きくキャリアアップできるチャンスが見当たらなかった。どこの会社に転職をしたとしても、状況はあまり変わらない。単純に「夢がない」と思ったんですよね。それなら、自分で会社を立ち上げてしまおうと思った。幸いにも、賛同する仲間もいてくれたので、起業という選択に落ち着いただけです。ただ、事業計画書を作りこんでいくのは楽しかった。「絶対いける!」と勘違いをして。当時は10年で売り上げ100億円なんて簡単だと本気で思ってましたね(笑)。
大きなビジョンがあって起業したわけではないと。
大枠はありましたが、確固たる信念があったわけではありません。
起業すると、正直そんなことを考える暇もなく、会社を揺るがす問題が毎日起こります。でも、その問題を解決することが、だんだん楽しくなってくる。「この手で行くか、だめならこうするか」という予測ゲームが好きなんでしょうね。組織は常に問題の巣ではあるが、その分伸びしろがある。何か大きなビジョンを持っているというよりは、目の前の問題をこつこつ解決する方が楽しかった、というのが正確ですね。
士業の「あたりまえ」を創りかえる
今手掛けているのは、どんなサービスでしょうか。
弁護士や税理士などの先生を支える、士業向けのコンサルティング事業がメインです。士業の方は、非常に専門性の高いスキルがあるのに、それを最大限生かせていないと感じています。一般の人からみても、取っ付きにくいと感じる業界でしょう。そうした士業の「あたりまえ」を創り変えていきたい。士業のコンサルティング事業を通して、商品開発まで携わりたいです。コンサルティングというより、プロデュースに近い。そうして、士業のお客様はもちろんですが、その先にいる一般の相談者に喜んでもらいたいですね。弁護士や税理士を頼りたい方に、何か新しい付加価値を提供したい。専門的な分野だからこそ、もっと直感的に分かりやすい、使いやすいサービスを作りたいと思っています。
ただ、すぐに士業業界をターゲットに絞れたわけではありません。起業して半年は、業界問わず営業活動をしていました。半年が過ぎたころに、士業の先生でお客様が徐々に増えてきた。当時は士業をターゲットにした会社は多くなかったうえ、市場も活気づいていた。お客様に真摯に向き合うことが、結果的にブルーオーシャンを攻めることにつながりました。
事業内容の面白さを教えてください。
送客だけではなく、エンドユーザーまで見られるところですね。どうサービスが着地したか、いわゆるBtoBtoCまで一気通貫で見られる。結果が分かるから、改善もできて、そのスピード感も早い。これが醍醐味ですね。
普通の広告代理店なら、クライアントがいくら利益を上げた、までしか分からない。でも、弊社はその先の、事務所とお客様の関係性の改善まで着手できる。サービス業としてのコンサルティングもやれるのは強みだと思います。
謙虚・素直は「合理的」
会社経営の秘訣は?
なんでもやろうとしないこと。小さくてもいいから、1つの事業で成功事例をつくることが大事です。起業当初は、日銭を稼ぐために何でも引き受けてしまっていた。そうすると、社員は疲弊するし、依頼されてやっているだけなので、後手に回ってしまう。そうではなく、「俺たちはここで戦う」っていうことを決め込む。やれることをやる、やらないことはやらない。捨てる勇気が大事だと思います。
また、うまくいかない事業から、潔く撤退することもポイント。少しでも利益が出ている事業は、経営者からするとどうしても捨てづらい。それを思い切って捨てられるかどうか。捨てることで捻出されたお金や人で新規事業の創出を仕掛けるなど、切り替えていく必要があります。
あとは、素直であること。素直にしていると、周りが助けてくれます。
素直であることとは?
起業当初でまだ全然成果が出ていないにも関わらず、当時のお客様からは業界の情報提供など、さまざまな面でサポートしてもらえた。それは、謙虚にお客様の話を聞くと同時に、自分の悩みを率直に相談していたからだと思います。悩みや恥ずかしい部分は誰にでもあるけど、それを話せるかどうか。格好よくない部分をさらけ出したからこそ、相手も親身に相談にのってくれるんだと思います。恥をさらけ出すことで、普通の「対クライアント」とは、少し違う関係性になってくる。
例えば、「会社がこけそうなんです」って素直に相談してみる。そうすると、「大丈夫?こうしたほうがいいんじゃない」って、解決のヒントがもらえる。クライアントではなく、パートナーになっていくんです。「今(の会社経営)は調子がいいです」という自慢ばかりをしていても、関係性が深まることは少ないと思います。
ときには見せたくないことを見せるのも大事ということでしょうか?
ものごとはなるべくクリアにした方がいい。前職のGMOインターネット株式会社では「ガラス張り経営」といって、役員の報酬が全部わかる仕組みがある。このやり方が大好きで。普通は出したくない部分を見せることで、相手との距離感を縮められる。人は弱みを見せる相手だと何かしてあげたいと思うもの。それで相手との距離感をつめることが、結果的にビジネスに生かせているのかもしれません。
社内でも同様で、部下に対しても弱みを全部見せるから、部下も頑張ろうって思える。社内外問わず、弱みをみせることで、懐に入っていく。そういう意味では、謙虚や素直は合理性があるかもしれません。
不安と向き合い、楽しめるか?
経営者はコスト意識が高い方が多いが、ご自身はどうか?
経営者の中には、コストばかり気にしている人が一定数いるのも事実です。コストパフォーマンスが大事っていう人に限って、実はコストばかりを気にして、パフォーマンスを見れていない気がします。
もちろん、利益を全く気にしていないと言ったら嘘になる。ただ、それは他にできる人がいるので、プロに任せている。そういう意味では、自分のやりたいことに集中できるのは、安心して任せられるメンバーがいるからですね。むしろ、口を出したくないと思っています。
人に任せることができない人も、意外と多い。人に任せると、失敗してそれに時間が取られるんじゃないかとか、そういうことばかり考えてしまう人もいる。任せた方が早いし、自分のやりたいことが出来ると考えています。
起業家へのメッセージを。
まず大切なのは、元気であること。起業して収益が安定するまでは、「疲れた」とか言ってる暇がない。24時間仕事のことを考えられるか、そのためにすべてを捧げられるかどうかを自問することが大事です。
そして、人と接するときの笑顔。仕事に必死になると、そうした当たり前のことを意外と忘れてしまう。もしくは、小手先のテクニックでどうにか解決しようとしてしまったりもするが、それでは人を動かすことができません。
ときには家族を犠牲にするぐらいの覚悟が必要なときもあるし、それぐらいは振り切れる必要がある。それができないなら、起業は厳しいでしょう。そうした状況を楽しめるか。日々襲い掛かってくる不安をどう解消していくかというプロセスを楽しめるといいですね。