人生の転機となる「退職・転職」は、その人の人生を大きく変えます。また、一部の特殊な雇い方を除き、さまざまな手続きが必要になります。雇用されている側(従業員側)でももちろんこれを把握しておかなければなりませんが、会社側でも「必要な手続き」「必要な書類」を把握しておきましょう。
そして雇用されている側(従業員側)が迷ったのであれば、アドバイスをしてあげることが望ましいといえます。退職にまつわるさまざまな手続きについて解説していきます。
まずは退職届・退職願を受け取ることから始まる
退職に関しては、基本的には雇用されている側(従業員側)から「退職届」か「退職願」を受け取ることから始まります。
退職願の場合は、文字通り、「退職をお願いするための書類」です。そのためこれは、企業側の承諾を必要とするものだと解釈されます。
しかし退職届の場合は、企業側の承諾いかんにかかわらず、「企業側に届いていて、かつ一定期間を過ぎた状態であるのなら、退職が認められる」という性質を持ちます。
このため、企業側は退職届を拒むことはできません。たとえ就業規則において、「辞める際は1か月以上前に言うように」としていても、労働基準法(以下「労基法」)には「2週間前に退職届を出せばよい」としているため、労基法が優先されます。
また、退職届を受理しないことも認められません。雇用されている側(従業員側)との面会を拒否していても、雇用されている側(従業員側)がメールや内容証明郵便で退職届を送ってきた場合、企業側はそれを認めるしかなくなってしまうのです。
なお、「退職」のかたちにはいろいろあります。上では「雇用されている側(従業員側)から申し出て退職される場合」を想定しましたが、会社側の都合で雇用されている側(従業員側)を解雇・退職させざるを得ない状況に陥ることもあるでしょう。
一般的に「会社都合退職(会社都合解雇)と呼ばれるもので、この場合、雇用されている側(従業員側)は自己都合での退職に比べると手厚く保護されるのが普通です。
加えて、「自己都合退職の申し出も受けていないし、会社都合での退職でもない、次のような場合には「自然退職」として扱われます。
「自然退職」とされる場合
- 雇用されている側(従業員側)がけがをして、認められている休業期間がすぎても職場に復帰できない状態である
- 雇用されている側(従業員側)と連絡がつかなくなった
- 雇用されている側(従業員側)が、不幸にも亡くなってしまった
退職手続きで提出を求めるもの
もっとも一般的な退職のかたちは、「雇用されている側(従業員側)から退職を申し出るもの」です。
これは「自己都合退職」と呼ばれるものであり、多くのケースがこれに当たります。たとえば雇用されている側(従業員側)の環境が変化したであるとか、雇用されている側(従業員側)が新天地で活躍したいと考えているとか、雇用されている側(従業員側)が結婚して配偶者のいるところに引っ越したいであるとか、さまざまな事情で行われるものです。
今回は、特筆しない限りは、この「自己都合退職での手続き」について解説していきます。
自己都合退職をする人に対して、会社に返却するように求めるものとは
雇用されている側(従業員側)が、「会社を辞めたい」「会社を辞める」と退職願あるいは退職届を出した場合、会社側は、速やかに雇用されている側(従業員側)に対して「返却するべきもの」を通知しなければなりません。
なお、退職届は「会社のテンプレートに沿って作成すべし」とありますが、たとえ会社のテンプレートに沿っていなかったとしても、必要な項目が記載されていれば受け取ることになります。それ以外のものとしては、以下の「返却を求めるべきもの」があります。
- 健康保険被保険者証
- 身分証明書
- 名刺
- 備品やデータ
- 定期券
それぞれ見ていきましょう。
退職手続きで必要なもの:健康保険被保険者証
一般的に、「保険証」と略されているものです。特殊な雇用形態でもない限り、会社員は会社を通じて保険に入っていることになります。
健康保険と厚生年金は、雇用されている側(従業員側)が50パーセント、会社側が50パーセントを負担しています。なお、40歳以上65歳未満に科せられる介護保険料に関しても、同じ割合で負担することになります。
会社を退職した場合、「退職した日の翌日」から、保険証は使うことができなくなります。
なお雇用されている側(従業員側)のなかには、「翌月(あるいは今月)までは使えるものと思っていた」などのような人も多くみられますから、提出をしてきたときに、この旨を案内すると親切かもしれません(※在職中の保険証を誤って使った場合、医療費はその後で返還させられます)。
なお、会社側とは直接は関係ありませんが、退職後に加入すべき保険がない状態で病院で治療を受ける場合は、病院側にそれを告げる必要があります。
退職手続きで必要なもの:身分証明書
当たり前のことですが、その会社に関係する身分証明書はすべて返却させます。
身分証明書は、「その雇用されている側(従業員側)がこの会社の従業員であること」を示すためのものであり、非常に重要なものです。人事側から返却要請を行いましょう。
このときに返還させるものの代表例として「制服」が挙げられますが、社章や社員カード、細かいところではネームカードなども挙げられます。
これが、辞めていく元従業員側の手元に残っていた場合、悪用される可能性すらあります。
また、たとえ元従業員側が悪意がなかったとしても、「今日で退職!」などのように身分証明書の画像3つきでSNSに上げた場合、悪意のある人間がそれを元に身分証明書を偽造する可能性すら考えられます。
このようなことを防ぐために、身分証明書の返却を求めることはもちろん、「不用意にSNSなどに上げないように」などの警告もしておくとよいでしょう。実際、大手の電機メーカーで似たような事件があり、メーカー側が本人に削除をと求める事案も発生しています。
退職手続きで必要なもの:名刺
法律上、「名刺を返却する義務」は雇用されている側(従業員側)にはありません。
ただし、会社側は一般的に考えて雇用されている側(従業員側)に名刺を返却するように求めるべきですし、また雇用されている側(従業員側)も名刺を速やかに返却するべきと考えられます。
「名刺」は、個人情報の宝庫です。雇用されている側(従業員側)本人の名刺はその雇用されている側(従業員側)がその会社に雇用されていることを示すものですし、取引先の名刺は取引先の情報を記載しているものだといえます。
雇用されている側(従業員側)が本人の名刺を持ったままだと、その名刺を悪用することができてしまいます。また、顧客の名刺を持っていた場合、その情報を次の転職先と共有してしまうことすらできます。特に転職先が同じ業界であった場合、大きな問題となるでしょう。
そのため、雇用されている側(従業員側)が職を辞することになったのであれば、会社側から「名刺を返却するように」と要求するようにしてください。またこのときは、「取引先の名刺も忘れずに」と付け加えるとより良いでしょう。
退職手続きで必要なもの:備品やデータ
当然ですが、社費で買った文具などの備品は、雇用されている側(従業員側)個人のものとはなり得ません。そのため、これを返却させます。
備品などの「形のあるもの」以上に重要になってくるのが、「書類やデータ」です。現在ではオンラインで管理されることも多くなったこれらのものは、会社の財産です。
またデータによっては、会社の根幹にかかわってくることでしょう。その従業員が作っていたデータや書類をすべて返却させ、トラブルが起きないようにしなければなりません。
もう一つ大切なのは、「その雇用されている側(従業員側)が退職した後、該当の元社員の登録IDやパスワードを消す」という手順です。
現在は数多くの会社が、次のような形で社内システムを組んでいるはずです。
- 社員それぞれにIDやパスワードを付与し、会社のデータにアクセスができる
- 会社全体でIDやパスワードを共有しており、会社のデータにアクセスができる
社員の退職後には次のような対応をして企業の機密を守りましょう。
- 社員それぞれにIDとパスワードを付与している場合はIDとパスワードを消去する
- 会社全体でパスワードを共有している場合はパスワードを変更する
実際にこのような事件が起こっています。2019年の7月に、「元々勤務していた不動産会社を退職した後に、その会社の登記情報提供サービスにアクセスしていた」として、逮捕者が出ています。 単純に「備品を返却させる」「データを返却させる」ということだけにとどまらず、その後の見直しをすることも会社側には求められているのです。
参考:トラスト・ログイン ブログ「『退職者が会社のIDを利用して不正アクセス』これ、トラスト・ログインで皆無にできます」
退職手続きで必要なもの:定期券
定期券は、「会社に通うために使うもの」です。そのため、雇用されている側(従業員側)がその会社を辞める場合は、会社側は雇用されている側(従業員側)に対して定期券を返却するように要求できます。
会社に通うための定期券は、ある程度長期間通うことを前提としているため、非常に長期間(数か月分など)の有効期限になっていることも多いため、忘れずに返却要求をしましょう。
ただ、「どのような就業規則を定めているか」「その雇用されている側(従業員側)の辞め方がどのようなものであるか」によって多少異なります。
たとえば、「仕事を辞めるときに有給休暇を取得したうえで辞める」という社員は多いものです。この場合、「(実際には会社に来ていない期間の)交通費を払うべきかどうか」で会社側は悩むこともあります。
そもそも通勤交通費を支払うことは義務ではないため、会社側はこれを支払わなくても問題にならないケースもあります。しかし労基法によって「有給を取得した社員に対して、減給などをしてはならない」としているため、基本的には支払った方が安全でしょう。
なお、「定期券は返却させるべし」としましたが、これも就業規則を確認しなければなりません。たとえば就業規則において、「退職時は交通費精算を行う」としていた場合は定期券の返却を要求し、返金をさせることが可能だと判断されることが多いといえます。
一方、就業規則に特段の記載がなく、かつ雇用されている側(従業員側)側が定期券の返却を拒んだ場合、返金を求めることは難しくなってしまいます。
定期券に限ったことではありませんが、雇用されている側(従業員側)が辞める場合、労基法と同時に就業規則もきちんと確認しなければなりません。
また、このようなトラブルが起きないように、就業規則をきちんと整備し、人事もまたそれをきちんと理解しておく姿勢が求められます。
退職手続きで会社側が渡すものとは?
ここまでは、「会社側が雇用されている側(従業員側)に対して、返却を求めなければならないもの(雇用されている側が、会社側に返却しなければならないもの)」について解説していきました。 しかし同時に、雇用されている側(従業員側)が辞める場合には、「会社側から雇用されている側(従業員側)に対して、渡さなければならないもの」もあります。
たとえば、
- 離職票
- 雇用保険被保険者証
- 年金手帳
- 源泉徴収票
などです。これについて解説していきましょう。
退職手続きで会社側が渡すもの:離職票
離職票とは、雇用されている側(従業員側)が退職後に、失業手当(失業保険)を受け取るために必要なものです。自己都合退職の場合、原則として、失業手当(失業保険)が支払われるのは3か月後からとなります。なお、会社都合退職(会社都合解雇)の場合は、7日後から支給されます。
離職票は、会社側が発光するものです。会社側がこれを発行するためには、「離職証明書」が必要になります。この離職証明書を会社側が記入し、いったん雇用されている側(従業員側)に渡します。
雇用されている側(従業員側)側でも必要な項目を記入し、再度会社側に提出、そののち会社側がハローワーク(職業安定所)に離職証明書を提出、確認されれば離職票が会社側に送られてきます。
会社側が離職票を受け取った後に、元従業員に対して離職票を渡します。ただ、上でも述べた通り、離職票には「会社」「雇用されている側(従業員側)」「ハローワーク(職業安定所)」の3つが関わるため、1日~2日で発行されるものではありません。
会社側は雇用されている側(従業員側)の申し出があったら動き始めますが2週間程度かかることもあります。このため、元従業員に対して離職票を渡す場合は、郵送で送るのが一般的です。
「結婚によって退職し、すぐに配偶者の住んでいるところに移る」などの場合は、事前に新しい住所を確認しておいた方がよいでしょう。
退職手続きで会社側が渡すもの:雇用保険被保険者証
「雇用保険被保険者証」は、「その雇用されている側(従業員側)が、雇用保険に入っていることを証明するもの(書類)」をいいます。
転職時にはこの雇用保険被保険者証を転職先の企業に提出しなければなりませんし、次の転職先が決まっていない(あるいは再就職の予定が現時点ではない)場合は失業手当の給付に使うことになる書類です。
仕事としてこの雇用保険被保険者証を取り扱っている人にとってはなじみ深いものではありますが、「雇用されている側(従業員側)」の立場の人の場合はこれをほとんど見たことがない……という人も多くみられます。
雇用保険被保険者証は紛失を防ぐために、会社側で保管・管理をしていることが多いからです(なお、「雇用されている側(従業員側)に管理させていたが、雇用されている側(従業員側)から紛失したという申し出があった」という場合は、「居住地のハローワーク(職業安定所)」で再交付してもらえることを教えてあげるとよいでしょう。
この雇用保険被保険者証と離職票は、同じように「仕事を辞めたときに、会社側から元従業員に渡さなければならないもの」です。ただこの2つの性質は異なります。離職票は、「その雇用されている側(従業員側)が、仕事を離れたこと」を示す書類です。対して雇用保険被保険者証は、再就職のときにも必要となってくる書類です。
退職手続きで会社側が渡すもの:年金手帳
年金手帳に関しても、会社側で保管する場合と個人で保管する場合があります。あくまで体感的なものであり明確な統計があるわけではありませんが、雇用保険被保険者証に比べれば、年金手帳の方が個人で管理している割合が多いように思われます。
満20歳になると、国民年金に加入することになります。なお20歳より以前から就職している人の場合、その手続きは会社側が行うことになります。このため、会社側がそのまま会社の方で保管していることも多いといえます。これによって、紛失のリスクを下げることができます。
年金手帳は、「私は厚生年金に加入しています」と証明するための書類でもあります。しかし会社を退職した場合、元従業員は自分で国民年金に加入しなければならなくなります。
また、転職した場合は厚生年金に再び入り直すことになるため、転職先にこれを提出する必要があります。退職後の身の振り方は元従業員の判断にゆだねられますが、会社側は年金手帳を忘れずに渡さなければなりません。
なお、年金手帳を紛失した場合は、社会保険事務所に申し出れば再発行してもらうことができます。元従業員が迷っていたのならば、アドバイスをしてあげるとよいでしょう。
退職手続きで会社側が渡すもの:源泉徴収票
「年末調整」という言葉でもおなじみの「源泉徴収票」は、会社側が雇用されている側(従業員側)に対して支払った1年分の給与額や、控除を行った社会保険の金額、所得税(特別徴収)などが記されている書類です。
雇用されている側(従業員側)が会社を辞める場合は、この源泉徴収票を該当者に渡さなければなりません。
転職する場合は、その転職先にまとめて年末調整を行ってもらう必要があるからです(※個人で確定申告を行う場合もあります)。
また、「退職後は再就職しない」場合も、個人で確定申告を行わなければなりません。
「ずっと会社で働いてきた人」は、確定申告や源泉徴収という単語は知っていても、「会社が処理してくれるもの」といった感覚を抱いていることもよくあります。簡単にその後の流れを解説してあげれば、元従業員も安心することでしょう。
退職手続きで発生する社会保険料の計算とは?
自己都合退職であっても会社都合退職(解雇)であっても、行うべき手続きは多くあります。そのなかでもデリケートな分野となるのが、「保険料と税金」についてでしょう。最後に、これについて解説していきます。なおこれはあくまで「会社側」の視点での解説です。
退職手続きで厚生年金や健康保険の支払額はどうなる?
上でも述べたように、雇用されている側(従業員側)が会社を辞めた場合、その元従業員が厚生年金と健康保険の資格を失うのは「退職した翌日」です。そのときをもって、雇用されている側(従業員側)はこれを利用することはできなくなります(利用した場合は後で請求されます)。
会社側から見た場合は、「資格が失われる1か月前までは、保険料が発生する」ということを理解しておきましょう。また、賃金の締め日によっては、最後に支給した給料から2か月分の保険料を控除することになります。
たとえば、その雇用されている側(従業員側)が5月15日に退職した場合、社会保険料の支払いは4月分までで構わないとされます。ただし従業員が5月31日に辞めた場合は、4月分も5月分も支払わなければならなくなる可能性があるわけです。
退職手続きで雇用保険料はどうなる?
雇用保険料に関しては、厚生年金や健康保険とは異なる計算式をとることになります。
雇用保険料の場合は、退職した月も退職する前の月と同じように徴収することになります。
退職手続きで所得税などはどうなる?
所得税は、退職金の支給がある場合にはこれも考慮して源泉徴収が行われます。
なお住民税を特別徴収していた場合は、「1月1日から4月30日までに仕事を辞めたか、それとも5月中に辞めたか、あるいは6月1日から12月31日までの間に辞めたか」によって計算が異なってきます。
1月1日~4月30日までの間に辞めた場合は最終給与あるいは退職金から一括支払わせます。5月にやめた場合はその月の支払いを行わせ、それ以降の場合は一括徴収あるいは普通徴収のいずれかを選ばせることになります。
退職手続きでやるべきことを把握しておこう
「退職」は、従業員側の人生を大きく変えることになるものです。しかし同時に、会社側にとっても数多くの手続きが必要となる決断であるのも事実です。従業員の退職時に慌てずにすむために、「会社側のやるべきこと」を把握しておきましょう。