所得拡大促進税制が令和4年度税制改正で賃上げ促進税制に生まれ変わりました。変更の最大のポイントは適用要件と税金控除額です。大企業と中小企業では適用要件が異なるうえに、すべての企業に適用される令和3年度から適用されている人材確保等促進税制は令和5年3月31日までに開始される事業年度まで制度として存在するため、どの制度を利用できるかを見定めることが大切です。
この記事では、令和4年度4月1日から利用できる税制の適用要件や控除税額を中心に解説します。
所得拡大促進税制|令和4年度税制改正のあらまし
令和3年12月に令和4年度税制改正についてのあらましが発表されました。改正は法人課税や個人所得課税、資産課税、消費課税など多岐にわたっており、今後企業活動を継続していくうえで重要な変更がないか確認することが重要です。
ここでは特に法人税の控除に関係する所得拡大促進税制と令和4年度4月から適用される賃上げ促進税制について説明します。
令和4年度税制改正の基本的考え方
令和4年度の税制改正は「コロナ後の新しい社会の開拓」をコンセプトに、新しい資本主義の実現への取り組みを目標としています。企業は研究開発や人的投資を強化し、中長期的に利益を上げ、持続的な成長を達成するという使命を果たすことが不可欠です。
積極的な賃上げを行う企業に対し、税制上の措置を抜本的に強化してバックアップするための改正となっています。
税額控除のための二つの税制と対象期間
令和4年4月1日から利用できる法人税や所得税が控除になる人材関係の税制には二つあります。「賃上げ促進税制」と「人材確保等促進税制」です。それぞれについて今までの流れから説明します。
所得拡大促進税制→賃上げ促進税制
すべての企業を対象とする「賃上げ促進税制」は中小企業等を対象とした「所得拡大促進税」を改正した税制です。令和4年3月31日までの間に開始する事業年度は所得拡大促進税制が適用されます。
賃上げ促進税制の対象期間は令和4年4月1日から令和6年3月31日までの間に開始する事業年度です。
賃上げ・生産性向上のための税制→人材確保等促進税制
令和3年8月に大企業向けの「賃上げ・生産性向上のため税制」の要件が見直されました。その結果、令和3年4月1日から令和5年3月31日までの間に開始する事業年度を対象とした「人材確保等促進税制」となりました。
すべての企業が二つの税制を利用できる
令和3年3月31日までは大企業と中小企業で異なる税制があり、令和3年8月の改正で令和4年3月31日まで大企業が利用できるのは「人材確保等促進税制」だけです。令和4年度の税制改正から大企業も中小企業等と同じように二つの税制からの選択が可能となりました。ただし賃上げ促進税制は大企業と中小企業等で必須要件と控除税額が異なります。
所得拡大促進税制と賃上げ促進税制の概要
所得拡大促進税制とは、中小企業者等が一定の要件を満たしたうえで前年度より給与等の支払額を増加させた場合に増加額の一部を法人税から、また個人事業主は所得税から税額控除できる制度です。厳しい雇用環境のなか、中小企業にとってはありがたい制度といえるでしょう。
令和4年度の税制改正においては、積極的な賃上げを促すために、継続雇用者の給与支払額及び教育訓練費を増加させた企業に、給与等支給額の増加した額の最大30%を控除する措置が設けられました。教育訓練費を増加すれば、税額控除額は最大40%です。賃上げに関する税制措置としては過去最高水準の税額控除率です。
令和4年度所得拡大促進税制の主な変更点
所得拡大促進税制は平成30年度から始まり、令和2年、令和3年と改正を重ねてきました。さらに令和4年度の税制改正によって所得拡大促進税制は大企業と中小企業等を対象にした賃上げ促進税制となり、要件と税金控除額が変更になりました。
人材確保等促進税制と賃上げ促進税制の相違点
大企業においては令和4年3月31日までは「人材確保等促進税制」のみ利用可能です。令和4年度の税制改正によって人材確保等促進税制と賃上げ促進税制のどちらかを選択可能となります。1人当たりの平均給与は変わらなくても、新たな人材を雇用して総額で前年度より給与等が増していれば人材確保等促進税制が適用となるでしょう。
新たに令和4年度税制改正で開始される「賃上げ促進税制」では、大企業においては新規雇用ではなく、継続雇用者の給与等支給額を増加したときに、税額控除となる点がもっとも大きな相違点です。
中小企業等の場合、従来の「所得拡大税制」は令和4年3月31日以前に開始する事業年度に適用されますが、令和4年4月1日からは、賃上げ促進税制が適用されます。相違点は必須要件の給与等支給額の増加額と控除される税額です。また中小企業も人材確保等促進税制は適用されます。
ここからはそれぞれの税制について詳細にみていきます。
採用を支援する「人材確保等促進税制」|適用要件と控除税額
令和3年度の税制改正において大企業向けの適用要件が見直され、「賃上げ・生産性向上のための税制」から全企業を対象にした「人材確保等促進税制」へと改正されました。人材確保等促進税制はポストコロナに向けて、新卒採用や中途採用に対する企業の人材獲得を促進するための税制です。
人材確保等促進税制|適用要件
人材確保等促進税制は、旧制度である「賃上げ・生産性向上のための税制」の適用要件が変更された制度です。新卒・中途採用による人材獲得や人材育成を積極的に行う企業を法人税額または所得税額を控除することで支援します。適用対象は青色申告書を提出する全企業です。
適用期間
令和3年4月1日から令和5年3月31日までの間に開始する各事業年度
適用要件
通常要件:新規雇用者給与等支給額が前年度より2%以上増加
上乗せ要件:教育訓練費の額が前年度より20%以上増加
通常要件を満たすかどうかを判断するための計算式は次の通りです。
通常要件を満たすには、1人当たりの新規雇用者給与等支給額は前年度と同額で採用人数が増える場合と、採用人数は同じで1人当たりの新規雇用者給与等支給額が増加する場合の二つのケースがあります。以下は計算例です。
引用:経済産業省「人材確保等促進税制」御利用ガイドブックP5
人材確保等促進税制|法人税(所得税)の控除額は?
人材確保等促進税制の要件を満たした場合の税額控除は以下の通りです。
通常要件:控除対象新規雇用者給与等支給額の15%を法人税額(所得税額)から控除
上乗せ要件:控除対象新規雇用者給与等支給額の20%を法人税額(所得税額)から控除
注意するポイント
新規雇用者給与等支払額
国内新規雇用者のうち雇用保険の一般被保険者に対して雇用した日から1年以内に支給する給与等の支給額をいいます。
給与等
俸給・給料・賃金・歳費・賞与並びに、これらの性質を有する給与です。退職金など給与所得とならないものは含みません。所得税法上課税されない通勤手当等の額を含む支給額を対象とすることは認められています。
企業の成長をサポートする「賃上げ促進税制」|適用要件と控除税額
賃上げ促進税制は企業の人的投資の強化を促し、持続的な成長を支援します。企業の成長には従業員の高い意識やモチベーションの維持が欠かせません。そのための賃上げを税制面からバックアップする制度です。
賃上げ促進税制の適用要件と控除税額は、大企業と中小企業等で異なります。適用対象は青色申告書を提出する全企業等です。
※注意※「賃上げ促進税制」については令和3年12月の政府決定時点の資料に基づいて記載。今後の国会審議などにより施策内容が変更となる可能性があります。制度内容が確定するのは令和4年5月ごろの予定です。
適用期間
令和4年4月1日から令和6年3月31日までの間に開始する各事業年度
大企業(資本金1億円超の企業など)の賃上げ促進税制:適用要件と控除税額
大企業では雇用者全体における給与等支給額の増加額の最大30%が税額控除されます。
賃上げ促進税制|必須要件と控除税額
①継続雇用者の給与等支給額が前年度比で4%以上増加→25%税額控除
②継続雇用者の給与等支給額が前年度比で3%以上増加→15%税額控除
賃上げ促進税制|追加要件と控除税額
教育訓練費が前年度比で20%以上増加→+5%税額控除
中小企業者等(資本金1億円以下の企業など)の賃上げ促進税制:適用要件と控除税額
中小企業では雇用者全体における給与等支給額の増加額の最大40%を税額控除されます。
賃上げ促進税制|必須要件と控除税額
①雇用者の給与等支給額が前年度比で2.5%以上増加→30%税額控除
②雇用者の給与等支給額が前年度比で1.5%以上増加→15%税額控除
①か②のどちらかを満たす必要があります。
賃上げ促進税制|追加要件と控除税額
教育訓練費が前年度比で10%以上増加→+10%税額控除
注意するポイント
給与等支給額
国内に所在する事業所で作成された賃金台帳に記載された国内雇用者に対する給与等が給与等支給額です。パート・アルバイト・日雇い労働者は含みますが、役員及び役員の関係者や、個人事業主と特殊な関係にある従業員は含みません。退職金など給与所得とならないものは原則として該当しません。
雇用者全体の給与等支給額の増加額
すべての国内雇用者に対する給与等支給額について、適用年度の給与等支給額から前年度の給与等支給額を控除した額のことです。
大企業対象の継続雇用者
大企業の要件にある継続雇用者とは、前事業年度及び適用年度のすべての月において給与等の支給を受け、さらに雇用保険の一般被保険者であり、継続雇用制度の対象となっていない雇用者をいいます。
中小企業者等
中小企業者等には、資本金または出資金が1億円以下の法人のほかに、資本または出資のない法人のうち常時使用する従業員数が1000人以下の法人や個人事業主、協同組合等が該当します。ただし、大規模法人による完全支配関係がある法人等から1/2以上の出資を受ける法人や二つ以上の大規模法人から2/3以上の出資を受ける法人は対象外です。
参考:中小企業向け所得拡大促進税制|適用要件と控除税額
中小企業者等を対象にした所得拡大促進税制は、令和4年3月31日までに事業年度を開始した場合に適用されるため、利用可能な企業もあるでしょう。所得拡大促進税制についての適用要件と控除税額について紹介します。所得拡大促進税制と比較すれば賃上げ促進税制が企業にとって有利なことが明らかです。
所得拡大促進税制|適用要件と控除税額
上乗せ要件が一般事業者にとってハードルが高くなっています。
所得拡大促進税制|通常要件と控除税額
雇用者の給与等支給額が前年度比で1.5%以上増加→15%税額控除
所得拡大促進税制|上乗せ要件
①雇用者の給与等支給額が前年度比で2.5%以上増加
②教育訓練費が前年度と比べて10%以上増加あるいは適用年度の終了の日までに中小企業等経営強化法に基づく経営力向上計画の認定を受けており、経営力向上が確実に行われたことにつき証明がされていること
①と②の両方を満たした場合→25%税額控除
賃上げ促進税制を利用して持続的な成長をめざす!
所得拡大促進税制が令和4年4月1日の事業年度から税制改正によって賃上げ促進税制となります。所得拡大促進税制よりも要件が緩く、かつ控除税額も増えているため、ポストコロナの時代に持続的な成長をめざす企業などにとっては、大きなサポートとなるはずです。今後具体的な申請方法などが明らかになりますが、情報収集はじめ要件を満たすかどうかの判断については税理士に相談されることをおすすめします。