人事・労務

転籍と出向の違いは?従業員は拒否できる?手続き上の注意点も紹介

転籍と出向の違いは?従業員は拒否できる?手続き上の注意点も紹介

人事異動は、企業の円滑な運営や、従業員の能力開発のために重要な役割を持ちます。さまざまな種類がある人事異動のなかでも、通常の配置転換と大きく異なる性質を持つのが、出向と転籍です。両者の違いや特徴を詳しく把握している人は少ないのではないでしょうか。

そこで本記事では、出向と転籍の特徴や、手続き上の注意点などを解説します。出向・転籍にあたってはポイントを押さえたうえで手続きを踏まなければ、労使トラブルを招いてしまう可能性があります。出向・転籍の予定がある人はもちろん、企業の管理部門もぜひ参考にしてください。

出向と転籍の違い

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出向と転籍は、両方とも、それまで勤めていた企業を離れて別の企業に勤務する制度です。しかし、元の企業との労働契約の取り扱いに大きな違いがあります。

それぞれの特徴を明確にしながら、違いを整理していきましょう。

 

出向とは

出向とは、それまで勤務していた企業との労働契約を残したまま、別の企業に勤務することです。

出向の特徴や従業員が出向命令を拒否できるかなど、見出しごとに詳しく見ていきましょう。

 

出向の特徴

従業員が出向することで、労働契約は元の企業に残ったまま、業務上の指揮命令権が出向先の企業に移ります。企業の枠を飛び越えての異動となるため、一般的な配置転換とは性質が大きく異なる点が特徴です。

なお、別の企業に移ることになりますが、元の企業との労働契約が残っていることから、将来的には出向元に戻ることが前提となっています。

以前は出向=左遷といった、ネガティブなイメージが付きやすい傾向がありました。しかし近年は、従業員のキャリア形成や、当人の能力に期待した出向先の立て直しなど、ポジティブな意味合いの出向が多くなっています。

 

出向の拒否について

出向にあたっては、あらかじめ労働者の承諾を得ていれば、個別の同意がなくても命令を出せることになっています。下記は、根拠となる、民法625条の記載を引用したものです。

(使用者の権利の譲渡の制限等)

第六百二十五条使用者は、労働者の承諾を得なければ、その権利を第三者に譲り渡すことができない。

2労働者は、使用者の承諾を得なければ、自己に代わって第三者を労働に従事させることができない。

3労働者が前項の規定に違反して第三者を労働に従事させたときは、使用者は、契約の解除をすることができる。

引用:「民法」|e-Gov法令検索

就業規則や雇用契約書などに出向の可能性がある旨が記載されていれば、事前に労働者の承諾を得ていることになります。そのため、出向を予告なく命じられた際は、まずこれらの内容を確認しましょう。

 

※就業規則や雇用契約書について詳しく知りたい方は、ぜひこちらを参考にしてください。

 

ただし、出向命令が権利濫用に該当する場合は、労働者はこれを拒否できます(労働契約法第14条)。具体的に、出向命令が権利濫用にあたるケースは下記のとおりです。

【出向を拒否できる場合】

  • 出向の必要性がない
  • 待遇が大きく下がるなど、出向によって労働者が不利益をこうむる
  • 従業員への嫌がらせやパワハラによる出向

 

出向にあたっては、これらの条件と照らし合わせながら、命令が不当なものではないかを吟味することが重要です。

なお、出向によって本人が置かれる労働環境は大きく変化するため、突然宣告されることで心理的な焦りやストレスを感じる場合があるでしょう。そのため、就業規則や雇用契約書に明記されている場合でも、本人に再度承諾を得るケースも多いです。

 

転籍とは

転籍とは、それまで務めていた企業との労働契約を解消し、新たな企業と労働契約を結んで勤務することです。「移籍型出向」と言われることもあります。

転籍についても、特徴や従業員が命令を拒否できるかなどを詳しく見ていきましょう。

 

転籍の特徴

転籍の場合、それまで勤めていた企業を退職する形となります。そのため、労働契約や従業員としての立場、指揮命令権などのすべてが転籍先に移行することが特徴です。

転籍にあたっては、基本的に元の企業に戻ることは前提とされていません。そのため、転職に近い制度だといえます。

 

転籍の拒否について

企業側が転籍をおこなう際は、かならず従業員本人の同意が必要です。

仮に就業規則や雇用契約書などに、転籍の可能性がある旨が明記されていたとしても、あらためて個別の同意を得る必要があります。また、命令を拒否するかどうかも、従業員側の自由です。

なお、転籍を拒否した従業員を解雇しようとするケースがありますが、その場合は企業側の権利濫用となる可能性が高く、不当解雇として認められないことが一般的です。

 

出向と転籍の違いは「元の企業との労働契約が残っているかどうか」

出向と転籍は、「元の企業との労働契約が残っているかどうか」という点で決定的に違います。

ほかの企業の指揮監督のもとで働く制度として類似している部分はありますが、それぞれ混同しないように注意しましょう。

 

出向・転籍の目的

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近年は、柔軟な働き方やキャリア設計が重視されていることから、ポジティブな意味合いでの出向や転籍が増えています。

出向・転籍は、正当な必要性のもと行われる必要がありますが、実際にどのような目的で実施されることが多いのでしょうか。出向・転籍の目的として多いものを、下記にまとめています。

  • 従業員のキャリア構築や能力開発
  • 企業間の人事交流
  • 出向先の企業の立て直し
  • 人件費削減や人手不足解消などの人員調整

 

人員調整などのマイナスなものもありますが、その他の目的は従業員のスキルアップや期待がかけられている点から、ポジティブな理由であるといえます。出向・転籍を命じられることで「自分は今の企業に不要な存在だ」と気を落とす人もいますが、マイナスにとらえる必要はないのです。

むしろ、成長のために重要な機会となり得るといえるでしょう。

 

出向手続きの注意点

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出向にともなって労働環境や労働条件が変わることは、従業員のキャリアや日常生活に大きく影響します。そのため、出向時に不適切な対応をしてしまうと労使トラブルが発生しやすくなるのです。

出向時のトラブルを防ぎ、従業員に気持ちよく出向してもらうためにも、手続き上の注意点を見ていきましょう。

 

労働条件の変更について出向者に十分な説明をする

出向に従業員の個別同意は必要ないとされていますが、良好な労使関係を築くためにも、労働条件が変わることなどを十分に説明しましょう。

従業員には、出向先の規則や規定が適用されるため、労働条件がこれまでと大きく変わります。たとえば、勤務時間や福利厚生が変われば、ワークライフバランスにも大きく影響するでしょう。

事前に丁寧に説明することで従業員の疑問や不安を解消し、なるべく不透明な部分がない状態で出向してもらうことが重要です。

 

出向元と出向先のどちらが給与を支払うのかを決める

出向元と出向先のどちらが給与を支払うのか、明確な決まりはありません。そのため、事前に企業間で協議して決める必要があります。

下記は、給与の支払いパターンの一例です。

  • 出向元、出向先のいずれかが全額支払う
  • それぞれの負担割合を決め、両者が支払う
  • 基本給を出向元が支払い、時間外手当や通勤手当などの手当を出向先が支払う

 

なお、出向によって給与が下がる場合など、従業員の不利益を防止するために、調整金を支払うなどの補填が必要となるケースもあります。

出向がどちらからの要望か、それまでと比べて給与差が生じるかなど、さまざまな要素を鑑みて、給与の負担について検討しましょう。

 

社会保険と労働保険の取り扱いに注意する

社会保険は給与を直接支払っている方の適用となります。そのため、社会保険料の負担も給与支払い元です。

出向元と出向先の両方から給与が支払われている場合は、支払額が大きい方で加入し、社会保険料は合算した給与から算出されることになります。

 

労働保険は、雇用保険と労災保険で取り扱いが異なります。雇用保険は、1か所でしか加入できないため、給与支払い元、もしくは負担が大きい方で加入することになります。一方で、労災保険は、通勤または業務中の怪我や事故に対して保障する制度であるため、出向先で負担する必要があります。

これらの取り扱いについては混同されやすく、事前に確認しておかないと二重支払いや支払い漏れなどのミスが発生してしまうため注意が必要です。

 

転籍手続きの注意点

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転籍においても、手続き上の注意点があります。転籍は現在勤めている企業を一度退職する扱いとなるため、注意すべき点が出向とは異なります。こちらもトラブル防止のためにしっかり理解しておきましょう。

 

退職金の取り扱い

転籍は元々勤めている企業を退職する扱いとなるため、退職金が発生します。ここで注意しなければならないのが、退職金が在籍年数などで決まっている場合です。

たとえば、在籍5年で退職金を支払う規定の場合、3年の勤務後に転籍すれば退職金は発生しません。しかし、転籍は企業からの命令であるため、本人の意思でそのまま企業に勤めていれば、退職金が発生した可能性があります。在籍年数に比例して退職金の金額が高くなる場合も同様の考え方です。

 

この場合、転籍による従業員の不利益を防止するために、一時金を支払うなどの対応が必要となる場合があります。従業員と協議しながら、双方納得できる対応をしましょう。

企業間で転籍に関する協定書を残しておく

転籍にあたって、協定書や合意書などを結ぶことは義務付けられていません。

しかし、後のトラブル防止や問題発生時における責任の所在を明らかにするためにも、転籍に関する詳細を記載した協定書を結んでおくことを推奨します。

合わせて、本人との合意書も残しておきましょう。

 

転籍にあたっては、本人の個別同意が不可欠です。口頭での合意は、お互いの理解に相違を生む可能性が高く、労使トラブルの原因となるケースが多いです。トラブル防止のためにも、かならず本人が納得したことを示す合意書を残しておきましょう。

 

社会保険や雇用保険の資格喪失手続きをする

転籍は、元の企業を退職する形となるため、社会保険や雇用保険の資格喪失届を提出するなど、退職時の手続きが必要です。

これらの手続きが遅れると、転籍先での保険証の発行や労災保険の認定がスムーズに進まない可能性があります。転籍する時期に合わせて、確実に社会保険や労災保険の資格喪失手続きをしておきましょう。

 

出向と転籍の違いを理解し、労使トラブルを防止しよう

出向と転籍は、両方ともそれまでと別の企業に勤務する制度ですが、「元の企業との労働契約が残っているか」という点で大きく異なります。

いずれも従業員本人の労働環境がこれまでと大きく変わるため、労使トラブルを防ぐためにも、特徴を理解したうえで適切な手続きを行いましょう。

 

なお、この記事をご覧になっている方の企業が出向・転籍の受け入れ先となることもあるでしょう。その場合は、新入社員を受け入れる場合と類似した手続きが必要となります。新入社員が入社する際の手続きについて詳しく知りたい方は、ぜひこちらの記事を参考にしてください。

企業の教科書
村宮 淳子
記事の監修者 村宮 淳子
社会保険労務士法人 きわみ事務所 所属社会保険労務士

2021年5月に登録したばかりの新人社労士です。
弁護士としては、就業規則作成を中心に、労働法分野に携わってきました。
また、大学ではこれから社会へ出ていく学生達に向けて、労働法に関する講義をしています。
今後は、社会保険労務士の専門分野である労働法、社会保険関係手続等や企業の労務管理について研鑽を深めるとともに、企業の担当者が気軽に相談できる社労士を目指したいと思います。

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