起業をめざす人にとっても、そうでない人にとっても、就職活動は自身のキャリアを占う大きなステップだ。ただ、新卒の3年以内の離職率は約3割と言われており、企業にとっても、個人にとっても根深い問題である。こうした問題の解決を目指すのが、TRUNK株式会社だ。
同社は就職活動を控える学生向けに、講座・インターンシップやキャリア面談など、すべて無料でサポートしている。登録する学生ユーザーは5600名、提携企業数は80社(2019年6月時点)を超えるという。
CEOの西元涼氏は、新卒でデロイトグループに入社し、新人MVP、全社MVPをとるなど圧倒的な成果を出したのち、2015年に起業した。2019年3月には大手人材会社のディップ株式会社から資金調達するなど、勢いを増している。
TRUNK株式会社の掲げるビジョンは、「生まれた環境に関係なく、やる気次第で誰でも活躍できる世界をつくる」。綺麗な言葉だが、具体的にどうやってそんな世界を作るのか、筆者は半信半疑だった。
しかし、西元CEOから紡がれる言葉を聞けば聞くほど、それは間違いだったことを気づかされる。美しいビジョンの裏には、彼の実体験に裏付けされた、確かな覚悟があった。
「当時」の自分を救いたい
起業の経緯を教えていただけますか?
前職で採用活動に携わったとき、コンサルティングをやったことのない子たちが「何となくかっこいい」っていうイメージだけで入社をめざすことが多かったのがきっかけです。例えば、マスメディアに行きたい学生は多いですよね。ただ、実際はとても泥臭い仕事じゃないですか。現場を知らずにキラキラしたイメージを持った学生は、入社後に「こんなはずでは・・」とギャップを感じるケースはよくあると思う。
一方、採用する企業から見ても、どれだけ力を発揮できるかを確認したうえで、採用する学生を選べた方がいい。当時はそういう場が全くなかったので、自分でつくろうと思ったんです。
起業前、人材会社に弊社のビジネスモデルの話を提案したこともあったんです。そしたら、「いまのままで別にいい。学生の教育をやっても利幅が落ちるだけ」と言われたこともあった。もちろん利幅も大切なのですが、価値あることはやるべきだろうっていうのが僕の感覚なんです。前職では採用する側の立場だったが、学生側も支援しないと、日本はもっと良くならないと思いました。
どんなサービスをいま提供されていますか?
大学生向けの職業体験と、職業訓練のプラットフォームを運営しています。現在、約12職種くらいのプログラムがありますが、大学生であればすべて無料で受けられます。プログラムは弊社のオフィスや、さまざまな企業様のオフィスなどで開催していますね。
▲TRUNK
無料講座・インターン・ブートキャンプなどのスキルアップから、キャリア面談や就職活動などの内定まで全て無料でサポート。
▲TRUNK ROOM
インターンとビジネストレーニングの情報サイト
「無料」はインパクトがありますね。
無料のサービスを提供しているのは、自分自身の体験からです。学生時代、父親の会社が倒産してしまったこともあり、会社経営を学びたかった。ただ学費も十分にはなく、国公立の大学を目指すしかありませんでした。
だから、過去の自分でも使えるサービスをつくりたかったんです。それが、弊社のビジョン「生まれた環境に関係なく、やる気次第で誰でも活躍できる世界をつくる」とつながっています。
環境や境遇に関係なく、サービスを受けられるようにしたい。経済的に恵まれていないだけで、やる気はあるのに何もできない人がいる世界にはしたくない。だから無料にはこだわっています。
「もっと早く知りたかった」の声も
無料にこだわる分、犠牲もありそうですが。
周りから、「それって続くの?」「ボランティアじゃん」と言われることもあります。正直、「そう思われてもしょうがない」って感じですね(笑)。ユーザーである学生は弊社を通さず就職することもできる。教育だけ受けて、就職活動は個人でやってもOKで、そこは制限をしていません。
確かに、売り上げを優先しようとすればいろんな展開ができる。ただ、ビジョンに沿っていないことには、興味がない。うちの会社である意味がなくなってしまいますからね。
とてもビジョンに忠実ですね。
いえ、数年前まではどこからお金をもらうかは、めちゃくちゃ考えていました。3年目からようやく、給料も「給料」っていえる金額になりました。2年目までは本当にしんどかったので。周りからも「学生から課金すればすぐ(儲かる)じゃん」と言われますし。でもそれはやりたくない。なぜ僕が起業したのか、わからなくなりますからね。
企業のお客様からはどんな評価が多いですか?
「マインドが良い学生が多い」と言われますね。弊社のサービスを自分自身で探して、見つけて、応募できるという学生なので、自ら学ぶ学習意欲が高い。モチベーションが高い子が多いと好評をいただいています。
さらに、講座の内容自体は、プログラミングスクールと変わらない。むしろそれだけでも商売できるというほど、質の高い講座内容です。大学3~4年生になって弊社のサービスを知った子たちからは、「もっと早く知りたかった」とよく聞きます。
企業側からみれば、手厚い教育を受けた学生を採用できる。また、何を勉強してきたか、どういう職歴か、インターンシップの経験などの記録がすべてオンライン上で見られる。そこから気になった学生がいればスカウトできるのは、他社にはない強みです。
教育なら日本、と言われる国に
今後はどのように世界を変えていきたいですか?
まずは日本の教育環境を変えたい。海外から「教育を受けさせるなら日本」と思われたらうれしい。日本の子どもたちも「日本に生まれて、この教育で良かった」って思える環境を作れたらすごくいいなと思っています。
また、義務教育だけじゃなくて、働くことに知る機会があるべきです。ドイツのデュアルシステム(※)など、お手本はいろいろある。キャリアって、就職活動の短期間でどうにかなる話ではない。7~8年のスパンで考えながら、かつ変わっていくもの。考える時期が早ければ早いほど良いし、そういう仕組みをつくりたいですね。
※職業学校で専門的な知識を学びつつ、実際の職場で実務を直接身に付けるドイツの制度。学校での教育、職場での教育が平行して進むことから、二元制(デュアルシステム)と呼ばれる。
ー今は新卒採用に特化したサービスを展開してますが、今後はさらに若い層も支援しますか?
そうですね。中学・高校の教員の方から、お声掛けいただくこともあります。本当は中学校、高校から職業教育をやらないといけない気がしているんです。
大学を選ぶとき、学部を「やりたいこと」で選んでいる人ってあまりいないと思うんです。入学してみたものの、思い描いたものと違い、そこで辞めちゃう人もいるかもしれない。あまり勉強しなくて、遊ぶ人もいるかもしれない。
でも安くない学費を払うのであれば、より有意義な時間にしたいですよね。そうするためには、偏差値ではなくて、やりたいことで選ばないといけない。だから中学・高校生のうちから職業を知っておくことは、受験勉強以外のところでやる必要がある。
ただこういった話は、教育の現場にいる方からは嫌がられる場合もあります(笑)。受験勉強の時間を確保したいでしょうしね。学校側からすると、名門校への入学人数が成果指標の1つなので、そのバランスは難しいです。
会社を続けてこられた秘訣は何だと思いますか?
僕は、1回就職してから起業した方が良いと思う方です。会社員でありながら「いずれは起業したいんで」と言って、目の前の仕事を適当にこなすのは違う。まずは就職先でパフォーマンスを出すこと。僕はそれでかなり救われました。前の会社の仲間が助けてくれたことは何度もあるので、そこはすごく感じますね。目の前の仕事を一生懸命やって、ちゃんと価値提供することが大切です。
「もしあのときこうだったら」を大事に
現在はスタートアップが急激に増えていて、「○億円を資金調達」というプレスリリースも多いですよね。焦りの気持ちはありませんでしたか?
ありなしでいうと、当然あります。僕らもお声掛けはいただいている。でも、ちゃんとサービスを充実させた方がいいと思って、外部資本は入れないようにしていた。我慢をしてましたね。
繰り返しになりますが、生まれた環境に関係なく、やる気次第で誰でも活躍できる世界をめざす。そのためのサービス、プロダクトを生み出していきたいんです。
これから起業する人へのメッセージをお願いします。
勝てそうなマーケットを狙うのもいいけど、まずは作りたい世界観を明確にしてほしい。世界観があれば、それに共感する人たちが自然と集まりやすくなる。乱暴な言い方ですが、少ない人数かもしれないけれど、誰かが「勝手に」ついてきます。目指す世界観やコンセプトがあって、それがサービスに直結しているといいかもしれません。
僕の場合は、「自分があったらいいなとおもうサービスをつくる」っていうのが大きい。あとは、「自分の子どもが、他の国よりも日本で学びたいって思わせるにはどうしたらいいのか」という問いと向き合いっています。日本が好きなので。
世界観っていっても、そんなに難しく考えなくていいんです。自分が欲しかったものとか、「あのときこういう世界だったら良かったのにな」って思うことを大事にしてほしいと思います。