個人事業を法人化することを「法人成り」といいます。しかし、どんなタイミングで法人成りすべきかを悩む人もいるでしょう。
法人成りの最大のメリットは、節税です。しかし、タイミングを間違えるとその効果も失われます。
そこで今回は、法人成りのタイミングについて解説します。
個人事業が拡大し、個人事業主としてある程度の売上をあげ、節税効果を求めて法人成りを検討している人は、ぜひ参考にしてください。
3つの法人成りのタイミング
法人成りのタイミングは、以下の3つがあります。
- 利益が800万円を超える時
- 消費税の免税期間の終了時
- 従業員を増やす時
それぞれのタイミングによって、メリットが変わります。個人事業の状況によって選択するといいでしょう。
なぜなら、法人成りすべき基準やタイミングは、ビジネスの種類や事業主の考え方によって異なるからです。
ここでは、3つの法人成りのタイミングについて詳しく解説します。
利益が800万円を超える時
法人成りのタイミングとして、個人事業の利益が、800万円を超えたあたりを最初のポイントにするといいでしょう。
なぜなら、個人事業の利益が800万円を超えたあたりで、個人事業主の所得税と法人になった時の法人税を比較すると、法人税の方が安くなるからです。
個人事業主には所得税が課せられますが、稼げば稼ぐほど税率が上がります。
所得税率の変化は、以下を参照ください。
課税される所得金額 | 税率 | 控除額 |
1,000円~1,949,000円 | 5% | 0円 |
1,950,000円~3,299,000円 | 10% | 97,500円 |
3,300,000円~6,949,000円 | 20% | 427,500円 |
6,950,000円~8,999,000円 | 23% | 636,000円 |
9,000,000円~17,999,000円 | 33% | 1,536,000円 |
18,000,000円~39,999,000円 | 40% | 2,796,000円 |
40,000,000円~ | 45% | 4,796,000円 |
参考:国税庁 所得税の税率
一方で、平成31年4月以降に設立した法人の場合、普通法人の法人税率は、利益が800万円以下のときは15%、それより高いときは23.2%です。
具体的に計算してみましょう。
【個人事業主】
800万円(課税所得)x 23%(税率)- 63.6万円(控除額)=120.4万円(所得税額)
【法人】
800万円(課税所得)x 15%(税率)= 120万円(法人税額)
上記の通り、800万円の利益が出ている場合、個人事業主と法人とで納税額を比べると、法人の方が安いですね。
そのため、所得控除や事業以外の所得があるかなどによって、条件は大きく変わる可能性はありますが、利益が800万円を超えたあたりで法人化成りを検討すると、ちょうどいいタイミングです。
消費税の免税期間の終了時
法人を設立すると、一定条件つきですが2年間は消費税の納税義務が免除されます。
個人事業主として消費税の納税義務が生じるタイミングで法人成りすることで、この免除制度を利用した節税ができます。
そもそも消費税の納税義務は次のどちらかに該当すると生じます。(出典:国税庁 納税義務の免除)
- 前々事業年度の消費税のかかる売上高が1,000万円を超える
- 設立1期目・2期目の会社では期首の資本金の額が1,000万円以上
売上が1,000万円を超えると「消費税課税事業者」となり、その2年後から消費税を納めなくてはなりません。
つまり売上が1,000万円を超えて個人事業主のままでいると、2年後には消費税の納税義務が発生してしまいます。
たとえば個人事業主が2021年に1,000万円を超える売上を上げた場合、2023年から消費税の納税義務が生じることになります。
そこで節税のために、法人成りを検討するといいでしょう。
仮に、2年前の課税売上高が1,000万円を超えて個人事業主として消費税課税事業者となった場合、そのタイミングに合わせて法人成りをすると、消費税の納税義務が免除されます。
なぜなら新しく設立された法人は、個人事業主とは別人格なので、個人事業主の過去の売上高は影響がなく、法人設立年は、納税義務の判定に必要となる2年前の売上高がない状態となるからです。
同様に法人の設立年度の翌年度についても2年前の売上高はないため、設立の初年度と2期目は消費税の免税事業者となるのが原則。
新しく法人を設立してから2年間は、消費税の納税義務が免除される可能性が高いため、個人事業の継続と比較すると節税効果が高いです。
ただし、資本金1,000万円以上で設立された法人は、設立事業年度から課税事業者となる特例規定があるため、資本金には注意が必要です。
また、売上高が半年で1,000万円を超えたときなどにも特例規定がありますので、詳しくは専門家へ相談しましょう。
「税金を払いたくないから法人化する」という考えはよくありませんが、売上1,000万円を超えるタイミングで法人成りを検討すると、節税の効果があります。
一方でこの消費税の免除を利用した節税が、令和5年10月のインボイス制度の導入により難しくなると言われています。
インボイス制度導入前に会社設立を進める専門家も多くいます。詳しくはこちらの記事をご覧ください。
従業員を増やす時
従業員が増えて、社会保険に加入しなければならないタイミングで、法人成りを検討してもいいでしょう。
個人事業で従業員を常時雇用する場合、従業員数が5人未満なら社会保険への加入は任意です。
法人の場合は、従業員が自分1人でも社会保険に加入しなくてはなりませんが、個人事業の場合も従業員数が5人以上になった場合に社会保険に加入させる義務が発生します。
従業員を5人以上にすると社会保険の加入は必須なので、そのタイミングで法人成りを検討してもいいでしょう。
法人成りする時のポイント
法人成りは税金関係の変更などが多いため、自分1人で進めずにしっかり税理士を選ぶことが重要です。
たとえば、資産や負債の引き継ぎをどうすべきかは、大きな問題となるでしょう。
個人事業を行っていた人が法人成りをするとき、個人と法人では別人格になるため、個人が持つ資産を法人にそのまま引き継ぐことができません。引き継ぐ方法も資産の内容によって変わるため、専門家に判断してもらいましょう。
法人が個人事業主から資産を購入した場合、土地以外の資産は消費税の課税対象となるので、内容によっては個人事業主が多額の消費税を納めなければならない場合もあります。
法人成りにあたり個人事業以上に、素人では判断できないことが多くでてきます。法人成りを自分だけで進めることは危険です。法人成りをスムーズに進めるためにも、資産引き継ぎによる税金関係は専門家に任せましょう。
法人成りの4つのメリット
法人成りをすると、4つのメリットがあります。
- 給与所得控除を利用できる
- 退職金制度を利用できる
- 赤字を繰越できる
- 社会的な信頼を得られる
これらのメリットは必ずしも、これから法人成りを検討しているすべての人に適応されるわけではありません。自身のケースと照らし合わせながら、自身がどういった利益を享受できるのか、しっかりと確認していきましょう。
給与所得控除を利用できる
給与所得控除利用による節税効果は、法人成りの大きなメリットです。
個人事業主が法人成りをすると、「事業所得者」から給与などを法人からもらう「給与所得者」に変わります。
給与所得者の場合、所得税などの計算をするとき、「給与所得控除」という名目で、給与収入から一定額を控除が可能です。
給与所得控除は、給与所得者に認められた必要経費で、実際にその金額を支出していなくても、給与収入の金額に応じて決められた金額を控除できます。この控除できる金額を「給与所得控除額」といいます。これは収入金額によって決まっていて、下記のとおりです。
給与等の収入金額 (給与所得の源泉徴収票の支払金額) |
給与所得控除額 (令和2年分以降) |
1,625,000円まで | 550,000円 |
1,625,001円〜1,800,000円 | 収入金額 x 40% – 100,000円 |
1,800,001円〜3,600,000円 | 収入金額 x 30% + 80,000円 |
3,600,001円〜6,600,000円 | 収入金額 x 20% + 440,000円 |
6,600,001円〜8,500,000円 | 収入金額 x 10% + 1,100,000円 |
8,500,001円以上 | 1,950,000円(上限) |
参考:国税庁 給与所得控除
法人成りをすると、法人から社長へ支払う給与(役員報酬)は法人の経費となる一方で、社長個人としては給与所得控除の双方を利用できます。
もし法人の売上1,000万円をすべて役員報酬として社長が獲得すると、法人利益と個人所得は以下のとおりです。
具体的に計算してみましょう。
1,000万円(売上高) – 1,000万円(損金=役員報酬)= 0円(利益)
【個人】
1,000万円(役員報酬) – 195万円(給与所得控除額)= 805万円(個人所得)
法人成りをすると、法人の事業に必要な損金(必要経費)を使えるだけでなく、個人の収入では給与所得控除額も使えるので、トータルで節税効果が大きいといえます。
退職金制度を利用できる
退職金制度とは、一般的に定年退職を迎えた従業員に退職金を支給する制度です。法人成りをすると、退職金制度を利用した節税も可能になります。
この制度を利用することができるのは法人のみであり、個人事業主の場合は、どれだけ働いたとしても利用することができません。これは、事業主本人だけでなく、従業員として働いた配偶者や親族も同様で、退職金を必要経費とできないので注意してください。
法人成りをしていれば、自分自身はもちろん、従業員として働いている配偶者や親族にも退職金を支払うことができるだけでなく、個人の所得税で退職所得控除を活用できるので、節税の効果も高めることができます。
退職所得の計算は、以下です。
具体的に計算してみましょう。
そして、退職所得控除額は、以下になります。
勤続年数(=A) | 退職所得控除額 |
20年以下 | 40万円 x A (80万円に満たない場合には、80万円) |
<20年超 | 800万円 + 70万円 x (A – 20年) |
たとえば、勤続30年で退職金3,000万円を一度にまとめて受け取った場合の退職所得を計算すると、次のとおりです。
具体的に計算してみましょう。
退職所得 =(3,000万円 -(800 + 70 x (30年 – 20年))x 1/2
=(3,000万円 – 1,500万円) x 1/2
= 750万円
このように退職所得として課税されるのは、退職金から退職所得控除を差し引いた金額の半分となり、税制上有利になります。
赤字を繰越できる
法人成りをすると、青色申告であれば赤字を最大10年間繰越できます。個人事業主の場合は、最大3年間しか繰越ができないため、法人と比べると7年の差があります。もし個人事業で多額の赤字となった場合、繰越期間が短いために過去の損失をすべて控除できない可能性もありますから、10年間繰越ができる法人のほうが有利といえるでしょう。
そのため売上見込みが先になると予想される事業の場合、法人成りをして赤字を計上するのもやり方の1つです。
社会的な信頼を得られる
企業によっては取引の最低条件として法人成りしていることを掲げている企業も存在します。
個人事業主の場合、事業をはじめるにあたって開業資金は必要ありませんが、法人成りの場合、登記や定款を作成する必要があり多少のまとまった資金が必要となります。つまり、法人成りをしているということは、その最初の資金を問題なく支払うことができるだけの売上、資金のゆとりがあることの証明となるわけです。また、登記を行うことで法人番号が発行され、実際に会社が存在することの証明ができます。
これらのことだけでも個人事業主よりも法人のほうが信頼性が高い理由をご理解いただけたかと思います。
この社会的信頼には他にもメリットがあり、銀行からの融資も受けやすくなる点が挙げられます。さらに事業を拡大したい場合は、法人成りをするといいでしょう。
法人成りの4つのデメリット
ここまで法人成りのメリットを紹介しましたが、もちろん法人成りにもデメリットが存在し、一概にいいことばかりではありません。
法人成りには以下4つのデメリットがあります。
- 法人設立時にお金がかかる
- 社会保険への加入が必要
- 赤字でも法人住民税の支払いがある
- 事務的負担が増える
法人成りを検討する際にはしっかりとデメリットも確認したうえで、法人成りするか否か見極めていきましょう。
法人設立時にお金がかかる
法人を設立するときは、会社の基本的な規則である定款作成や、公証役場での認証、法務局で法人設立の登記などが必要で、これらの手続きには料金が発生します。
また、手続きを専門家に任せる場合は、さらに費用がかかります。
必要な費用はケースバイケースですが、最低限の費用として株式会社では約20万円、合同会社では約6万円が必要です。さらにこれ以外にも、印鑑作成費用や専門家への依頼報酬も発生するため、さらに費用が掛かることは覚悟しておくといいでしょう。
ですが、専門家によっては顧問契約とセットで依頼することにより設立費用を割引してくれたり、電子定款などに対応している専門家の場合には定款費用が安くすんだりすることもあります。
法人成りを検討する際には、一度税理士などの専門家に相談したうえで、決定することをおすすめします。
社会保険へ加入する必要がある
法人になると社会保険への加入が義務付けられており、個人事業主であれば4人の従業員までであれば社会保険への加入は任意で済みますが、法人成りをすると人数に関係なく社会保険に加入しなくてはなりません。
社会保険料を従業員と会社で半分ずつ負担するので人件費が上がるだけでなく、手続きなどの事務負担も増えます。
赤字でも法人住民税の支払いがある
法人成りをすると「法人住民税」の支払い義務が発生し、所得の有無に関係なく、都道府県と市町村にそれぞれ納めなければなりません。東京都の場合は都に一括して納めますが、税額は最低でも7万円となります。
法人住民税は、法人であっても自治体の公的サービスを享受しているため、法人の事業所がある地方自治体に課税されて、納付しなければならないものです。
事務的負担が増える
法人成りすると、日常の会計処理や決算処理、社会保険の事務手続きなどの事務的負担が、個人事業よりも多く発生します。
これらの事務作業は複雑なので、自分たちだけでやることが難しいです。
そのため、専門家に依頼すれば、コストが発生しますし、もし自分たちで行うとしても、事務スタッフが必要となり人件費の増大につながります。
法人成りするには何月がいい?<
個人事業から法人成りをするタイミングとしては、事業の繁忙期を見ながら決めると良いでしょう。
法人の場合、決算月の2か月後までに税金の申告をしなければなりません。
決算や申告にはそれなりの労力が必要ですので、決算時期と繁忙期を重ならないようにするのが無難です。
たとえば飲食業であれば、歓送迎会のある3月・4月、忘年会のある12月が繁忙期です。忙しい春と冬を避け、秋の時期に決算時期を決める会社が多いです。
法人成りしない方がいい場合とは?
どんな事業でも法人成りをした方がいいとは限りません。
ここでは法人成りしない方がいい場合として、2つのケースを紹介します。
- 短期的なビジネス
- 副業で事業をやっている場合
法人成りにも向き不向きがあるので、自身の事業がどんなものかによって見極める参考にしてください。
短期的なビジネス
法人成りは、法人設立などに費用がかかるため、ビジネスとして短命なものの場合は、法人にならない方がいいでしょう。
たとえば長期的にビジネスを拡大させたい、従業員を増やしていきたいという見通しがないならば、わざわざ法人化する必要もありません。手間とコストばかりが掛かってしまい、逆にデメリットしかないので、そのまま個人事業主でいることをおすすめします。
副業で事業をやっている場合
副業で事業をやっている場合、法人成りしてしまうと本業の会社にばれる可能性があります。
たとえば、会社設立の登記簿に役員などの名前が載るため、勤め先の誰かに見られてしまう可能性も発生します。
また、自分で設立した会社と両方で社会保険に加入した場合、その情報が本業の会社に行ってしまう可能性も。
本業の会社にばれたくない場合には、法人成りをしない方がいいでしょう。
まとめ
本記事では、法人成りのタイミングを中心に、メリットデメリットまで網羅的に解説していきました。
法人成りは、人生においても大きなターニングポイントとなります。失敗させないためにも法人成りに際しては専門家に相談したうえで、タイミングを見極めていきましょう。法人成りの時点でしっかりとした専門家に相談、依頼していれば、その後の経営でも、ご自身の次に会社についてよく知る有力なサポーターとなってくれます。相性のよい税理士などの専門家を探すには紹介サービスなどもおすすめです。