試用期間として新しい人を採用してみたものの、望んでいた人物と違う、スキルが足りない、などと感じることはよくあることです。ですが、試用期間だからといってすぐに解雇することはできず、早急に解雇に踏み切ってしまうと「不当解雇」として訴えられる可能性さえあります。
今回の記事では、試用期間の意義や法律、試用期間中もしくは試用期間後に解雇が認められる理由とはどんなものか、もし解雇するならどんな手続きを踏めばよいのかなどを解説していきます。
採用前に知っておきたい「試用期間」の基礎
試用期間とは、企業が雇用者を本採用する前に試験的に採用し、採用するかどうかを評価するための期間のことをいいます。現在、多くの企業が本採用にあたり、正社員・契約社員・パートアルバイトなどの雇用に関し試用期間を設けています。
企業の多くは試用期間3ヶ月、公務員の多くは6ヶ月。長くなると1年という企業もあります。この試用期間という制度、どんな位置づけなのでしょうか。
試用期間は法律で定められた制度なのか?
試用期間をどれくらいの期間設けるのが適切か、また試用期間をそもそも設けなければならないのかといったことに関する法律は存在しません。しかし、労働基準法第21条によると試用期間そのものに期限などの決まりはないものの、その運用について定められています。
労働基準法第21条「解雇予告、解雇予告手当に関しては試みの使用期間中の労働者には適用しない。ただし、試用期間が14日を超えて引き続き使用されるに至った場合においては、この限りでない」
試用期間中の労働者の権利とは
試用期間中の労働者は、本採用後とほぼ同じ権利と義務を有しています。試用期間中だからといって、
- 保険加入させない
- 残業代を出さない
- 各地自体が定めた最低賃金よりも低い給与で働かせる
- 気軽に解雇する
といったことは、本採用と同じ権利が保証されているためできません。
とはいうものの、試用期間は本採用とまったく同じ権利が保証されるわけではありません。試用期間中の労働契約は、「解約権留保付労働契約」だといわれています。
これはやむを得ない事情があれば、雇用者が労働者を解雇できる契約のこと。例えば、学生が10月に内定をもらい翌4月に本採用されるまでの半年間も「解約権留保付労働契約」です。つまり、試用期間中は本採用と同じように労働者としての権利があるものの、”やむを得ない事情”があれば、本採用後よりも広く解雇が認められるということになります。
試用期間中の解雇にはどんな理由が必要?
ここまでで試用期間中の労働者は、本採用と労働条件に関してほぼ同じ権利を有するものの、「解約権留保付労働契約」のためやむを得ない事情により解雇が認められやすいことがわかりました。やむを得ない事情は、法律などでは合理的な理由ともいいます。試用期間で解雇する場合の合理的な理由とはどんなものなのか、具体的にみていきましょう。
試用期間中の解雇にも合理的な理由が必要
労働契約法第16条には、一度雇った労働者を解雇するために、社会通念上、納得できる理由が必要であると定めています。正社員はもちろん、試用期間中の人や契約社員、アルバイト・パートタイマーなどについても同じです。解雇された人が訴訟を起こし、裁判所で不当解雇と判断されると多額の慰謝料を支払わなければならなくなることもありますので、解雇にあたっては合理的な理由かどうか、しっかり判断することが求められます。
解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする
どんなときに解雇に合理的な理由があると判断される?
試用期間中・試用期間後の解雇には、法律により社会通念上認められる理由が必要とされていますが、具体的に合理的な理由とはどんなものが考えられるのでしょうか。過去の判例などで、合理的な理由と判断されたものに下記のようなものがあります。
- ①勤務態度が非常に悪い場合
- ②業務命令に従わない場合
- ③正当な理由なく遅刻・欠勤を繰り返す
- ④経歴に重大な虚偽の事実があったことが発覚した場合
- ⑤横領や着服が立証された場合
①から③の場合、雇用者(企業)が何度も指導・教育を行っても改善が見られなかった場合にのみ、解雇が正当と認められます。仮に労働者のスキルが低く、仕事がうまく回せない人であってもきちんと指導・教育を行ったか、また適切な部署に配置転換を考慮したかといったことが、正当かどうかの分かれ目となります。
また、④は履歴書に高卒なのに大卒と記載したり、今までの職歴について嘘を記載したりすることを指します。
⑤に関しては、立証された場合のみ合理的と認められ、横領や着服の疑いがあるといった程度では合理的理由と認められないことがあります。
よく「試用期間中に病気が発覚したときは解雇可能か?」という質問があります。試用期間中に病気が発覚したり、病気となったりしても、労働者がきちんと働いている=与えられた職務に従事できるのであれば、労働契約違反として解雇することはできませんのでご注意ください。
このほかにも、パワハラやセクハラ、コンプライアンス違反など解雇の理由は考えられますが、できれば雇用者は就業規則を作成し解雇事由をしっかりと明記しておいたほうがよいでしょう。万が一不当解雇を巡って裁判となったとしても、解雇の理由を客観的に見ることができる手がかりとして役立ちます。
解雇に関する手続きについて
試用期間中に解雇を行う場合、労働基準法第21条により試用の開始から解雇までの日数が14日未満か以上かによって、必要な手続きは異なってきます。その違いを見ていきます。
試用期間が14日を超える場合の解雇の手続き
試用が開始されてから14日を超えた場合の解雇手続きには、通常の解雇と同じの手続きが必要です。通常の解雇の手続きについては、労働基準法第20条に定められています。
使用者は、労働者を解雇しようとする場合においては、少くとも三十日前にその予告をしなければならない。三十日前に予告をしない使用者は、三十日分以上の平均賃金を支払わなければならない。但し、天災事変その他やむを得ない事由のために事業の継続が不可能となった場合又は労働者の責に帰すべき事由に基いて解雇する場合においては、この限りでない。
つまり解雇予告は、30日前に行う必要があります。解雇予告をせずにいきなり解雇する場合には30日分解雇予告手当(平均賃金)が、解雇日10日前に解雇予告する場合は10日分の平均賃金を「解雇予告手当」として支払う必要があります。
試用期間が14日を超えない場合の解雇の手続き
試用開始から14日を超えずに解雇する場合には、前述の労働基準法第21条に従って、解雇予告や解雇予告手当の義務なく解雇することができます。ですが、試用期間14日を超えないのであれば、好きなように解雇できるというわけではありません。
実際には14日を超えず解雇する場合でも、労働者の権利・義務は発生しますので、解雇するには通常の解雇と同じく、客観的で正当な理由が必要になります。
あまりに短い試用期間だと、企業側が「教育・指導を行ったものの改善しなかった」と立証するのは難しく、解雇予告等の義務がないからと簡単に解雇してしまうと、裁判で不当解雇と判断されてしまう場合があります。
解雇通知書の作成・通知
解雇を事前に知らせる解雇予告には文書が必要です。この文書を「解雇通知書」といいます。
「解雇通知書」には、素行不良、虚偽の経歴など解雇の具体的な理由や解雇予定日などを記載します。そして必ず、解雇予定日の30日より前に労働者に渡すようにしましょう。
労働者が解雇を望まない場合には、通常の退職という手段もあります。いわゆる退職勧告です。試用期間とはいえ解雇になると、次の就職活動に差し障りが出る可能性もありますので、もし労働者が解雇よりも退職を望む場合には、退職届を提出してもらいます。
試用期間を上手に活用するための注意点
多くの企業が採用している試用期間ですが、通常の解雇よりも広い範囲で解雇が認められているため、逆にその間労働者は不安定な地位に置かれることになります。そのため、労働者の権利が法律によって保護されています。適切な運用を行ない、解雇時のトラブルを回避しましょう。
試用期間は延長しない
試用期間の長さは法律に規定はありませんが、1年以上などあまりにも長い試用期間は民法上の公序良俗違反とみなされることがあります。実際、試用期間を延長したことにより、裁判で解雇は無効とされた判例があります。
「ブラザー工業事件」6〜9ヶ月の試用期間を働き、さらに試用期間を6~9ヶ月延長したケースについて、最初の試用期間だけで会社従業員としての適性を会社が判断することは十分可能であり、さらに試用期間を設ける合理的な必要はない、と裁判所が判断。解雇は無効となり会社側が敗訴した。
労務管理を法律にのっとって行う
当たり前のことかもしれませんが、試用期間中の労働者にも適切な労務管理が求められます。労働者の権利として下記のようなことが守られなければ、解雇を含め後々トラブルを招くかもしれません。
- 都道府県の最低賃金を下回ることはできない
- 残業代を支払う
- 雇用保険、社会保険の加入条件を満たしている場合、加入手続きを行う
- 解雇を行う場合、解雇通知や解雇予告手当を行う
教育・指導を行い改善に導く
労働者に対しては定期的に評価を行い、適切な指導・教育を行い、改善に導くことが雇用側に求められます。採用した後に労働者がその仕事に向かなかったと思われるときでも、改善の機会を与えていなければ、もし解雇を行わなくてはならなくなったときに解雇する合理的な理由がないと判断されてしまうかもしれません。
せっかく採用したのですから、できれば解雇せず本採用にステップアップさせたいというのも企業側の気持ちとしてあるかと思います。部署の異動も含め、労働者がスムーズに業務を遂行できる環境を整えてあげましょう。
試用期間で解雇を行う場合は客観的な理由を揃えておく
試用期間中に指導したにも関わらず、業務に改善が見られず労働者を解雇しなければならないときには、労働者が納得できるよう解雇の合理的な理由=証拠をそろえて明示する必要があります。遅刻や欠勤が多いことを表すタイムカード(出勤簿)、指導を行ったのにも関わらず改善が見られなかったことのわかる成績表・評価表など、客観的な理由を揃えておきましょう。
また、その労働者に渡した指示書、書類、試験の結果、メール履歴等も、トラブルとなったときには証拠となりますので、収集・保存しておいたほうがいいかもしれません。
試用期間での退職
試用期間は、雇用者にとっても労働者にとっても、適正・仕事内容・職場環境などを確認するといういわばお見合いのような期間でもあります。ですので、退職したい日の2週間前に労働者側から退職の申し出があったときには、雇用者はその申し出を断ることはできません。
また、経歴上解雇になることを労働者が嫌うようなら、解雇通知書を受け取る前に退職を選ばせることも可能です。細かいルールはあらかじめ就業規則で固めておくようにすることをおすすめします。
試用期間での解雇の注意点まとめ
試用期間は雇用者と労働者とのお見合いのような期間ではあるものの、労働契約が成立しており、雇用者側から解雇するにはいろいろな条件があります。しかし、学歴詐称や著しく適格性を欠くといった場合には、本採用後よりも解雇しやすいという現状も。
また、試用開始後14日を超えた段階で、30日前の解雇予告や予告手当の支払いが必要になってきます。このほかにも、業務に適さないという証拠なども準備が必要です。
今や一般的となった試用期間ですが、気軽に取り入れてしまうと、思ったよりも解雇が大変だったということになりかねません。過去には試用期間中の解雇により企業側が訴えられ、一千万円もの賠償金を支払わなければならなかった事例もあります。ぜひ試用期間を設ける場合には適切に運用するとともに、試用期間中の解雇を行う場合は適正な手続きを踏んで行うようにしましょう。